2008 歌舞伎座 十二月大歌舞伎 (昼の部) 高時 京鹿子娘道成寺 佐倉義民伝
2008 歌舞伎座 十二月大歌舞伎 (昼の部)
歌舞伎座十二月大歌舞伎(昼の部)は、新歌舞伎十八番である「高時(たかとき)」、「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」「佐倉義民伝(さくらぎみんでん)」などが上演された。
女方舞踊の大曲である「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子を、十代目坂東三津五郎が印象鮮やかな舞踊で演じた。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎座「ほうおう」十二月号より【抜粋引用】したものである。
「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」【桜が満開の紀州道成寺。新しい鐘の供養をするため、大勢の所化が見張りをしています。そこへ花子(坂東三津五郎)と名乗る白拍子が訪れ、鐘を拝ませてほしいと頼み込みます。供養として白拍子の舞を舞うことになった花子は、烏帽子をつけて舞い始めます。やがて、花子の鐘を見上げる表情が一変し、鐘に飛び込んでしまいます。所化たちが必死に祈るなか、花子は恋の執念から蛇となって僧安珍を焼き殺した清姫の蛇体と化すのでした。】
満開の桜景色の舞台で、たっぷり一時間十五分、恋する女心を踊りぬいた三津五郎丈の熱演であった。まずは鳥屋から現れ出た白拍子花子は、花道七三の位置で立ちどまり舞台上手に向かい十分間ほど踊る。舞台下手の西桟敷に座した私は踊る後姿を間近で鑑賞することになる。それは頭の先から足の先にいたる、すみずみまでに心がいきとどいた芸の美しさである。
烏帽子を着けた花子は、手踊り、鞠唄に合わせて鞠をつく仕種、花笠の踊り、手拭いを使った「女心の恋と怨み」のクドキ、首に掛けた羯鼓を打ちながらの「山づくし」の踊り、鈴太鼓を手にした早間の踊りなど、じつに絢爛華麗に踊っていく。
途中から浮かれ誘われた二十名の所化(寺で修業中の僧侶)たちも踊りに加わった。その中に所化役のベテラン役者達に交じって踊る、ひときわ気品のある少年がいた。中村梅玉の部屋子、中村梅丸君十二歳である。その垢抜けた所作からはオーラが感じられ、将来は実力で大舞台へと駆け上がっていく逸材に思えた。
手拭いを使って女心を見せる恋と怨みのクドキは、娘から成熟した女性に変わっていく有様が見事に演じられている。あまりにすぐれた三津五郎丈の踊りの力量に舌を巻き、暫し見惚れて時が経つのを忘れてしまった。
「佐倉義民伝(さくらぎみんでん)」【下総国佐倉の領民は、凶作と領主堀田上野介の圧政に苦しんでいます。名主木内宗吾(松本幸四郎)は人々の苦しみを見かねて、堀田家の江戸屋敷に嘆願に赴きますが、埒があきません。将軍への直訴を決意した宗吾は、妻子に別れを告げるために帰郷。降りしきる雪の中、印旛沼の渡し小屋にたどりついた宗吾は、渡し守甚兵衛(市川段四郎)のお陰で船に乗って家に急ぎます。家に戻った宗吾は、妻おさん(中村福助)や子どもに別れを告げ、江戸に戻ります。将軍家綱(市川染五郎)参詣を待ち受けた宗吾は、警護の目をくぐり、願書を差し出します。死を覚悟して差し出された願書は、温情あふれる老中松平伊豆守(坂東彌十郎)が受け取るのでした。】
高名な農民劇、下総三百八十九ヵ村救済のため犠牲となった、佐倉に伝わる宗五郎伝説である。その筋書きと芝居は情感の度を越えたもので私の好むものではなかった。しかし設えられた舞台装置は実に卓越したものと感じた。幕が開くと夜の雪に埋もれた印旛沼渡し小屋の静寂な情景が広がった。降りしきる雪の中、花道から躓きながら登場した幸四郎(宗吾)が、喘ぐように「願いのために江戸に出て」と吐いた台詞はわびしく心に響いた。その後物語はだらだらと展開し、「子別れ」の場面など、あまり押し付けがましい内容と、こてこての芝居にうんざりとしたものを感じた。
桟敷からは一階の一等席を見渡すことができる。歌舞伎ファンのご婦人たちの上演に対する反応は辛辣なものがある。芝居がつまらなく気にいらないときは、多くの方が寝てしまうか途中退席してしまう。当日も二幕目「東叡山直訴の場」の幕間に、ご婦人たちが、ちらほらと帰られていった。高い金を払い歌舞伎座まで足を運ぶ観客は、まこと公正で手厳しい評価をくだすものだ。坂東三津五郎丈の舞踊が、ひときわ光った十二月昼の部である。
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