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(熱海界隈) 林ガ丘 「茶寮 和び」

(熱海界隈)  林ガ丘 「茶寮 和び」 ☆☆☆☆☆

 熱海の駅からタクシーを拾い、細い急坂を五分ほども駆け上がっていくと、山路の中復あたりに、洒落た丸竹塀に灯る「茶寮 和び」の小さな看板を見つけることができる。四つ目に組まれた竹垣の柵に沿い、打ち水がゆきとどいた、玉砂利と花崗岩石畳が敷かれた急な階段を降りていくと、竹葺き門の向こうには、まこと趣を感ずる日本古屋があった。

 建物二階にある玄関を入ると、衝立障子の前に大きな花器に生けられた、無垢な白百合の花々が客を出迎える。ひんやりと感じる静かな屋内には、持て成しに焚かれた御香が仄かに漂っていた。居住まいの良い作務衣姿の女性スタッフに、玄関近く八畳ほどの座敷に案内される。すぐに心づくしの冷たい緑茶と御絞りが運ばれて一息入れた。座敷二階の窓に掛け垂らされた簀垂の透間からは、木々の緑の遥か向こうに相模湾や初島などを見晴らすことができる。鳥の囀りも聞こえる閑寂な空間と時間は、人をゆったりとした気分に変えてくれる。

日本料理店「茶寮 和び」は、二階に襖で仕切られた八畳の座敷が二室、一階には温泉付きの六畳の座敷が一室ある。一階座敷は別途個室料金一万円がかかる。ここの昼の懐石コース料理は五千円、八千円、一万二千円などがあり、五十路半ばの姉と弟、熱海道行の今日は一万二千円の料理を予約しておいた。まずはエビスビール(八百円)で喉を潤してから昼餐が始まる。日本酒は山形銘酒、上喜元の特別純米(一合八百円)を温燗で含んだ。梅雨明けの七月中旬、供された料理はつぎのとおりだ。

(先付)

一、冷し とろろ蓴菜

一、鱚棒寿し(木の芽寿し)

一、賀茂なす 生海胆

一、天然鮎塩焼

最初の料理で店の実力は理解できよう。大変丁寧に調理されていた先付の四品は、十分な間を置きながら一品ずつ運ばれる。まずは冷たい「冷とろ蓴菜(じゅんさい)」で客の食欲を刺激する。その蓴菜は雑味のない上質なものだ。「鱚棒寿し」も「賀茂なす生海胆」の品も大変美味しく感じられた。ただ、「奥長良川 鮎の塩焼き」は凡庸な味であった。鮎はワタに旨味のすべてが凝縮された魚であるが、個体差の故かワタの味わいが今一つに思えたからである。

 (椀)鱧 香煎椀

 (向附)

一、伊佐木 赤烏賊 鮑(肝醤油)

一、鱧(湯引き) 金目鯛(焼き霜造り)

 「椀」からはもち米の芳しい香りが立ちのぼる。出汁の味は強くは感じないが、旨みの余韻は口中に長く続いた。「造り」の美味しさは特筆に値するものだ。脂がのっているイサキの刺身、甘みの強い赤烏賊、柔らかく湯通しされた鮑は肝醤油で賞味する。牡丹鱧、金目鯛の焼き霜造りなど、姉が笑顔になるほどの逸品であった。

 (焼物)山形牛 高尾焼(山芋とオクラのソテー添え)

 (煮物)帆立飛龍頭 南瓜 万願寺唐辛子

 (食事)新そば

(甘味)蕨餅 薄茶

部屋係りの女性はさり気無い会話の中で、客に出す蕎麦の量をおしはかる。やがて「春に取れた蕎麦粉で打った新そばで御座います。」と運ばれたコシが強い手打ち蕎麦は、頬張ると蕎麦の香りが口中に広がった。出来立てのやわらかな蕨餅と抹茶で締め括る。

料理全体の印象は、供された繊細な料理は私の口には合い、どれも大変美味しく感じられた。係りの愛くるしい若い女性スタッフは、付かず離れずといった、心のこもった笑顔の接客で好感がもてた。まことに、ゆっくりとした時間を堪能できたと思う。本日支払った勘定の額を考えれば、「茶寮 和び」は、東京の一流和食店も凌駕するような日本料理店に思えた。まさに常連となりたいお店である。ただ一つ残念だったのは、熱海という解放感溢れる土地柄のためか、一階個室を利用された、熟年男女と思われる五、六名の客達の、野卑な大声や嬌声が響いて多少耳障りであったことである。

(お店の詳細)

日本料理店「茶寮 和び」

静岡県熱海市林ガ丘4-8

TEL 0557-81-6666

定休日 毎週水曜日 (要予約)

私達は一万二千円のコース料理と、お酒で、26,400円でした。

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2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(夜の部) 夏祭浪花鏡 天守物語

2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(夜の部) 夏祭浪花鏡 天守物語

 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(夜の部)の演目は、「夏祭浪花鏡(なつまつりなにわかがみ)」、「天守物語(てんしゅものがたり)」が上演された。七月の中旬に西桟敷前席にて観劇した。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイト「歌舞伎美人」公演情報みどころより【引用補足】したものである。

 「夏祭浪花鏡(なつまつりなにわかがみ)」【泉州の魚売り団七九郎兵衛(市川海老蔵)は喧嘩沙汰から入牢しましたが、女房のお梶(市川笑三郎)の主人筋にあたる玉島兵太夫の尽力で牢から出されます。そして団七は釣船の三婦(市川猿弥)との再会を喜びあい、下剃の三吉(坂東巳之助)の世話で伸び放題の髪や髭を整えます。

 この団七の前に、玉島磯之丞(市川笑也)の恋人琴浦(市川春猿)が悪人に追われて来るので、団七は琴浦を救い出します。続いて一寸徳兵衛(中村獅童)が現れ、琴浦を奪い返そうと団七と喧嘩を始めます。これをお梶が仲裁するところ、徳兵衛はお梶の顔を見て慌てます。それというのも徳兵衛はお梶に大恩があるため。やがてお互いの素性を知った団七と徳兵衛は義兄弟となるのでした。

 一方、誤って人を殺した磯之丞は、三婦(さぶ)の家に匿われていますが、三婦は女房のおつぎ(市川右之助)と共にその落ち延び先について思案しています。ここへ徳兵衛の女房お辰(中村勘太郎)が訪ねて来て、磯之丞を匿おうと申し出ます。美しいお辰を見て三婦は、間違いが起こってはと難色を示しますが、お辰は鉄弓を頬に当て自らの顔に傷を付けます。こうしてお辰は晴れて磯之丞を預かります。

 ところが金に目がくらむ団七の舅三河屋義平次(片岡市蔵)は、おつぎを騙して琴浦をかどわかします。この舅の悪事を知った団七は、その後を追っていき・・・(長町裏で泥にまみれてもみ合った揚げ句、義平次を殺害してしまうのでした。)】

 実際に起こった魚屋の殺人事件を巧みに取り入れた世話浄瑠璃の作品である。「大阪や埃(ほこり)の中の油照り」(青木月斗)・・・舞台からは、脂汗が滲み出るような、大阪のジリジリとした夏日の暑さが伝わってくる。海老蔵の団七、猿弥の三婦、獅童の徳兵衛など、三人が演ずる侠客達の颯爽とした姿が、憧れるほど素敵で、配役の良さが抜きん出ている素晴らしい芝居だと思えた。

だらしなく汚く見えた出獄したばかりの団七が、床屋からでると一転して、目の覚めるような伊達男に変身する。目前で展開する感嘆するほどの変容は、美男・海老蔵ならではの技である。勘太郎演ずるお辰は、火に焼けた鉄弓で己の美顔に焼き傷を付けて、義侠心に富んだ女気を見せ磯之丞を預かる。透けて見えるような、薄い黒い絹織物を纏って登場した勘太郎は、見事なまでに美しい女伊達・お辰を演じた。

 高津神社宵宮の祭囃子が聞こえる長町裏の場は、江戸時代大阪の夏の下町情緒が豊かに感じられた場面である。どこか懐かしい太鼓、笛、鉦などの祭囃子を背景に「殺し場」となる。男の額を傷つけられ、最大の侮辱を受けた団七は、ついに強欲な舅義平次を殺害してしまう。「泥場」での無慈悲でむごたらしく、目を背けてしまう殺人も、人間の心に秘められたサディズムの故か、歌舞伎では様式美豊かに転化される。舞台では、凄惨な殺しの場面がゆっくりと、十三もの見得を交えて妖しく綴られた。市川海老蔵丈(団七)の迫真の演技と激しく渡り合った、片岡市蔵丈(義平次)の燻し銀とも思える演技は大変見事に思える。幕切れとなっても高津神社宵宮の祭囃子が、私の耳の奥で聞こえ続けていた。

 「天守物語(てんしゅものがたり)」【白鷺城の最上階には、この世とは別の世界があり、その異界の主こそ天守夫人の富姫(坂東玉三郎)でした。ある日のこと、富姫が侍女の薄(上村吉弥)と語り合っているところへ、富姫を姉としたう亀姫(中村勘太郎)が舌長姥(市川門之助)、朱の盤坊(中村獅童)を連れて現れます。そして富姫と亀姫主従の宴が始まり、朱の盤坊たちが余興を披露していきます。

 ここへ鷹匠の姫川図書之助(市川海老蔵)が、最上階の様子を窺おうと駆け上がってきます。藩主秘蔵の鷹を逃がした図書之助は、その責を負って切腹するところ、鷹が逃げた天守の最上階に向かえば命を救うと言われたのです。やがて図書之助は立ち去って行きますが、手燭の灯りを消してしまうので、最上階へ戻って来て富姫に火を乞います。すると富姫は最上階に来た証として、藩主秘蔵の兜を図書之助に与えます。

 ところがこの兜から図書之助は賊と疑われ、三度、最上階へ戻って来ます。いつしか図書之助に心奪われた富姫は、喜んでこれを匿いますが、異界の人々の象徴である獅子頭の目を、追っ手の小田原修理(市川猿弥)たちが傷つけるのでふたりは光を失ってしまいます。しかし傷ついた獅子頭に、名工近江之丞桃六(片岡我當)が鑿を入れると、富姫と図書之助は光を取り戻し、手を取り合って喜び合うのでした。】

 昼の部「海神別荘」の台詞回しは難解で、私はよく聞き取ることができなかったが、夜の部「天守物語」は、時代劇であるせいか言葉が理解しやすかったように思える。この芝居の初めから終わりまでが、舞台全体がモノトーンな白鷺城天守閣の最上階で演じられた。花道「すっぽん」のセリが天守内に通じる階段口に見立てられる。

坂東玉三郎丈演ずる天守夫人富姫は、舌を噛んで自害して果てた人妻が、転生した美しい妖怪である。市川海老蔵丈演ずる姫川図書之助は、純真無垢な若き美男の鷹匠である。そんな二人が三回の運命的な出会いによって、妖怪と人間が恋に落ちる話である。「玉三郎、千歳百歳に唯一度、たった一度の恋」と真情を吐露した富姫の姿は、まるでうぶな娘のようにも思え、凛と輝いて美しく見えた。

「此処はどこの細道じゃ」と女童の歌声で始まった演出や舞台効果は斬新で、一貫して幻想的で妖艶な雰囲気で楽しめた。泉鏡花作の二題、面白くなかった昼の部「海神別荘」に比べ、夜の部「天守物語」は見応えのある舞台である。ただ一つ歌舞伎には似合わないカーテンコールには閉口した。スノッブな観客には受けるかもしれないが、一般の観客にはなにか空々しく印象付けられるようである。

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(熱海界隈) 伊豆山 フランス料理 「ヴィラ デル ソル」

(熱海界隈)伊豆山 フランス料理「ヴィラ デル ソル」 ☆☆☆

 八月下旬、熱海温泉に湯浴みに行った帰路、伊豆山にある「ヴィラ デル ソル」のランチに立ち寄った。連れを美味しいフランス料理店に案内するつもりが、本日提供されたコース料理は凡庸で期待外れのものであった。これ程、コース料理の味に波があるとは、まこと残念である。これでは私の評論を参考にしてくださる方々に申し訳なく、レストランの評価を引き下げ、参考までに「連れのレビュー」も掲載することにした。七月に訪問した私のレビューは、「従前のレビュー」として掲載しておく。連れの八月レビューも、私の七月レビューもその時々の真実な気持ちである。 

(2009年8月、連れのレビュー) 

 熱海へ遊びに行き、ランチを「ヴィラ デル ソル」でとることにして予約を入れておいた。熱海からタクシーで千円ちょっとの距離だ。趣のある古い洋館で、オーベルジュでもある。連れが以前姉と訪れていて、美味しかったというので期待して行った。予約の12時より早く着いてしまったため、一階のサロンで用意が整うのを待たせてもらうことにした。海の見える席で待つのは意外と楽しく、庭の白いパラソルやブランコなどがHPに出ていたものと同じでなんだか嬉しくなってしまった。 

 用意が整い、二階のダイニングへと案内された。一階も二階も天井が思いの外高く、ゆったりと過ごせそうだ。窓からは海が見渡せ、遠くに初島が霞んで見えた。 

 食前酒を聞かれ、「お勧めは?」という質問にはちぐはぐな返答が返ってきたのには一抹の不安が過った。生の桃を使ったベリーニはないかと訊ねたら、下拵えに時間がかかるのでないとのことなのでミモザを頼んだ。連れはシャンパンを貰った。

 「シェフお薦めのコース」をお願いしていたので、海を眺めながら連れとおしゃべりしながら待つ。

 「鮑のサラダ」がまず供された。ラディッシュや大根、ベビーリーフなどの野菜と生の鮑のサラダだ。鮑が固い…。包丁でなら難なく切れるのだろうが、テーブルナイフでは切りきれない。当然、噛んでも歯が欠けてしまうのではと心配になるくらい固い部分があり、端の部分は残念ながら残した。三桁の数のお店を訪れたが、料理を残したことがあるのは数店舗だけだ。ドレッシングの味は悪くないだけに残念だ。

 「蛤の炭火焼き、サザエのエスカルゴソース」が供された。こちらの二種類の貝は火が通っているおかげで柔らかく頂けた。

 「ヴィシソワーズ」にはアサツキが散らされている。この時期、冷たいスープは嬉しいのだが、味は凡庸。

 「甘鯛のソテー ホウレン草添え」は、甘鯛の鱗を残したまま、カリッと焼いてある。鱗が香ばしくて美味しい。鯛の身もふっくらとジューシーに仕上がっている。

 「和牛のステーキ 茸添え」は三切れのステーキのうち、一切れしか食べられなかった。半分は脂身でフォークがすすまなかったためだ。鮪でも牛でも、サシが入っている方が柔らかく甘みがあって美味しいものなのだが、この肉は豚の三枚肉のような感じで脂身と赤身の層になっていたため、脂が強すぎたようだ。添えてある茸もソースも美味しかっただけに残念だった。

 「ルバーブのグラニテ」にはグレープフルーツも入っていて、口の中がさっぱりする。

 「サマートリュフ入りクリームブリュレ」は、トリュフの香りがする美味しいものだった。 コーヒーと小菓子(オレンジピール・キャラウイシード入りクッキー・チョコレート)で締めくくりだ。連れはダブルエスプレッソを貰った。

 連れが前回と違うというのだが、シェフは変わっていない。甘味についてはどれも美味しかったのだが、全体に塩加減が強い印象だった。ディナーの予約がいっぱいだったのかもしれないし、体調が悪かったのかもしれない。しかしながら、店は訪れる客を「一期一会」の気持ちでもてなさなければ、リピーターにはならないだろう。次回訪れる時には、連れが美味しいと言った料理を味わいたいと願っている。   KEI

(以下は2009年7月、私のレビューである。) 

 梅雨晴れの日曜日、久方振りに熱海の地を姉と訪れてみた。前日の晩、昼飯は気の利いた料理が食べたいと、インターネットを検索閲覧していたら、魚介類などの海産物をふんだんに使うというフランス料理を見つけた。熱海市伊豆山にある「ヴィラ デル ソル」というフランス料理店である。その店のランチは六千五百円と一万円のコース料理のみであり、「シェフおまかせコース」一万円の予約を入れた。

 昼前に熱海駅で降り立ってタクシーに乗り、くねくねとした道を五分ほども走ると、小さな鄙びた漁港の近く、西洋風建物のレストランに到着する。それは百年以上も前に建築された、紀州徳川家の図書館「南葵(なんき)文庫」を移築したもので、現在はオーベルジュ(宿泊施設付きのレストラン)となっている。

 予約の名前を告げると、まずは大正浪漫、昔日の面影を残すサロンへと通された。そして準備が整うと二階にあるダイニングルームへと案内される。レストラン南葵文庫と呼称されるホールからは、まことに洗練された歴史の趣を感じた。そのキャパシティーは十二席ほどである。窓辺の席からは相模湾の輝く水面や、遥かに木々の緑に覆われた初島や真鶴半島などを見晴らすことができた。

 まず私はシャンパン(千七百円)、姉はミモザ(千七百円)を注文して喉を潤した。供されたオリーブを摘みながら給仕長から海の幸をメインとするコース料理の説明を受ける。その説明を聴きながら、偶然にも三日前に訪れた五反田にある「ヌキテパ」というフランス料理店を思い起こしていた。尋ねるとここの金野シェフは、嘗て「ヌキテパ」の田辺シェフの下で修業された御方であり、その料理の縁に驚いた次第である。

 人に感動をもたらす料理とは、非日常なものであるが、このフランス料理店は十分その要件を満たしているように私には思えた。本日供された料理はつぎのとおりである。ワインは白ワインを数杯、グラス(千円)で嗜んだ。

「トマトのジェルスープ」

「ワラサのカルパッチョ」

「蟹身のリゾット 芽葱添え」

「地ハマグリの炭火焼き(二個)」

「磯魚のうらごしスープ」

「イサキのソテー 肝添え」

「デザート ガトーショコラ」

「焼き菓子、オレンジピール、トリュフチョコ」 「エスプレッソ ダブル」 

 酸味のある冷たい「トマトのジェルスープ」のアミューズで食欲を刺激し、昼餐が始まる。旬の時期にはまだ早い、「ワラサのカルパッチョ」の刺身の身は締まっていたが、脂の乗りが今一つに思えたのは残念である。「蟹身のリゾット」は芯の残し方に歯応の良さを感じ、米は甲殻類のソースと一体となって大変に美味であった。

 真っ黒に焼かれた「地ハマグリの炭火焼き」は、大きな貝殻を給仕長がナイフで開くと、焼きたての芳ばしい磯の香りが広がった。味付けは海水だけの素朴な料理であるが実に美味しい。「磯魚のうらごしスープ」は磯魚の頭までも擂り潰して、その内臓も加えられている濃厚なスープで、塩加減も良く野趣に富んだ味わいである。これは本家ヌキテパのスープよりも上品で美味い。「イサキのソテー」は絶妙な塩加減で調理されており、シンプルだが奥深い味わいであった。

 料理全体の印象は、ボリュームも十分であり、供された料理はどれも私の口には合い、美味しく感じられた。窓から見える相模湾の風景が、海の香りや潮の匂いで味付けされた、魚介フレンチに一層の興趣を添えている。シェフの気持ちが伝わってくる、海のほとりのフランス料理店である。

(お店の詳細)

フランス料理「ヴィラ デル ソル」

静岡県熱海市伊豆山759

TEL0557-80-2020

不定休 (要予約)

私達は「シェフおまかせ」の一万円コースと、お酒で、30,482円でした。

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2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(昼の部)五重塔 海神別荘

2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(昼の部)五重塔 海神別荘

 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(昼の部)は、「五重塔(ごじゅうのとう)」、「海神別荘(かいじんべっそう)」など二題が上演されている。七月の初旬に西桟敷前席にて観劇した。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイト「歌舞伎美人」公演情報みどころを【抜粋引用】したものである。

「五重塔(ごじゅうのとう)」【谷中感応寺で五重塔建立の話が持ち上がり、出入りの大工源太(中村獅童)が女房のお吉(上村吉弥)や弟子の清吉(坂東巳之助)と共に現れて、住職の用人の為右衛門(市川寿猿)と対面します。それというのも源太の弟弟子である十兵衛(中村勘太郎)が、五重塔建立の仕事を任せてほしいと住職に毎日願い出ているため。勝気なお吉は、夫にこの仕事を任せてほしいと思い、しぶる源太を連れて感応寺にやって来たのです。そこへ住職の朗円和尚(片岡市蔵)が戻って来ると、十兵衛が駆け寄ってこの度の大仕事を任せて欲しいと願い出ます。しかし朗円は五重塔建立の仕事は二人で相談をした上で答えを出すようにと諭すのでした。

一方、十兵衛の女房のお浪(市川春猿)は源太夫婦の恩を語って五重塔の仕事を源太に譲るように勧めますが、十兵衛は耳を貸そうとしません。ここへ源太が現れ、十兵衛とふたりで協力しながら、五重塔を建立しようと優しく持ちかけますが・・・】

源太と十兵衛という二人の宮大工の、対照的な性格を対比させた幸田露伴の作品である。百年に一度という五重塔建立の仕事を巡って起こる兄弟弟子の葛藤が、江戸情緒豊かな下町を舞台に描かれていた。

中村獅童丈演ずる源太は、男伊達溢れた良識ある好人物である。中村勘太郎丈演ずる十兵衛は職人気質であるが、己の本懐を遂げるためには、恩に反して親方源太から仕事を奪うことも厭わない、所詮は心根の卑しい男である。

対立する二人に朗円和尚は、お互いに譲り合い協力することの大切さを諭した。親方の源太は十兵衛に「ふたりで五重塔を建立しようではないか」と譲歩するのだが、十兵衛はまったく応じようとはしない。思い余った源太は五重塔建立の一件を朗円和尚に一任する。     

朗円は普請一切を十兵衛に任せることに決め、源太には十兵衛の陰となり助けてやるよう指示を与える。その後の様々な源太の心遣いも、十兵衛は「心に嘘はつかれない」とすべて反故にしてしまう。まこと十兵衛とは煮ても焼いても食えない男のように思えた。

しかし中村勘太郎が大工十兵衛を「胸の内は、五重塔を建てたい一心。それゆえ一途で頑固者ですが、どこか憎めないとこのある、かわいい男だと思います。」と解釈されたように、歌舞伎芝居として成り立たせるために、ここでは本筋とは違った愚直な十兵衛像に仕立てられている。中村勘太郎の達者な芸は、台詞の言い回しなど、父中村勘三郎と見紛うほど瓜二つに思えて驚いた。

最後に五重塔の落慶式で朗円和尚が運ばせた制札には、「感応寺生雲塔、江戸の住人十兵衛、これを作り、源太郎これを成す」と記されており、ついに二人は恩讐を越える。中村獅童丈と中村勘太郎丈、市川春猿丈などの熱演に胸を打たれた「五重塔」であった。

「海神別荘(かいじんべっそう)」【遥か海底にある琅玕殿(ろうかんでん)の公子(市川海老蔵)のもとへ、地上の美女(坂東玉三郎)が、公子に仕える女房(市川笑三郎)や黒潮の騎士たちに伴われて、輿入れのために向かっています。公子は博士(市川門之助)や沖の僧都(市川猿弥代役・市川猿三郎)とさまざまに語り合いながらこの様子を眺め、その美しい姿に嘆息するのでした。

まもなく美女が宮殿に到着し、公子は美女と対面するとやさしい言葉をかけて、桃の露と呼ばれる美酒でもてなします。世にも稀なる美酒で喉を潤した美女は、公子にその幸福感を語るものの、いつまでも地上の未練を訴えます。すると公子はもはや美女が人間でないことを明かし、美しい蛇になったと告げます。

 この話を聞いた美女は深く悲しむので、公子は次第に怒りを顕わにし、ついには臣下に命じて美女を斬ろうとします。すると美女は、できるなら公子の手にかかって死にたいと切望し、公子もためらうことなく美女に剣を向けます。ところがその刹那の公子の表情を見て、美女はようやく心を通わせ、公子の腕に抱かれるのでした。】

 海底という疎遠で幻想的な世界を舞台にした、泉鏡花の戯曲である。感性とはそもそも曖昧なものだと思うのだが、私には実につまらない芝居であった。頻繁に歌舞伎を見ていると、時々勘違いしたようなこんな演目にぶち当たってしまう。まして玉三郎、海老蔵という歌舞伎の二枚看板の芝居だから、なおさら始末が悪い。

 この難解な泉鏡花の戯曲について、的を射た批評を見つけたので、岩波文庫 夜叉が池・天守物語に澁澤龍彦氏が書かれている解説より【抜粋引用】する。【おしなべて妖怪の出てくる鏡花の戯曲には、そのモティーフにおいても構成においても、きわめてよく似たところが見出されるように思われる。それはまず第一に、妖怪はかならず水に縁があるということ、そしてその水は、俗世間の人間一般に対しては、しばしば洪水のような破滅的な作用をおよぼすけれども、逆に選ばれた人間に対しては、彼らが人間性を捨て、妖怪とともに新たな生を生きるための、恩寵的なエレメントとしての役割をはたすということだ。・・・・・

  元来、人間を徹底的に軽蔑しているはずの化けものが、人間の娘に「嫉しい」「羨しい」という感情をいだくほど、ひけめを感じているということに注意していただきたい。妖怪に羨望の念をいだかせる人間こそ、真に選ばれた人間といいうるだろう。しかしまた、逆に考えれば、こうして選ばれた人間は、最後には恩寵的な水のエレメントに浴して、妖怪の仲間になってしまうという宿命をまぬがれない。・・・・・

  たとえば海底の琅玕殿に輿入れしてきた人間の美女は、「海底別荘」の公子から人間性を捨てることを要求される。ひたすら恋に生きるために、親子の情愛さえ捨てることを要求される。つまり人間性を捨てて妖怪になることを、あからさまに求められるのだ。「勝手な情愛だね。人間の、そんな情愛は私には分らん」と公子は頭をふるのだ。奇妙なイニシエーションというべきであろう。倫理というよりも、すでにここには純粋への欲求といったものしか見られないような気がする。おそらく鏡花が終局的にめざすのは、こうした倫理の彼岸なのである。】

 舞台は豪奢で幻想的であり、衣装も目を奪われる美しさがあった。演出に関しても見事で、舞台効果もすばらしいとは思うのだが、歌舞伎というよりはオペラの方が合っているように思えて仕方ない。しかしながら、どんな高尚な作品かは知らないが、私には、この芝居は本当につまらないものでしかなかった。ましてやカーテンコールを強要するなど愚の骨頂にも思える。本来、観客を楽しませ夢を与えるはずの役者達が、芸術家気取りで、高みから独り善がりの芝居を演じていて良いはずもない。「海底別荘」は歌舞伎演目にはそぐわない作品に思えた。

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2009 歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎(昼の部)  蝶の道行 女殺油地獄

 2009 歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎(昼の部) 蝶の道行  女殺油地獄

 歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎(昼の部)の演目は、「蝶の道行(ちょうのみちゆき)」、「女殺油地獄(おんなごろしあぶらじごく)」など四題が上演された。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイト「歌舞伎美人」公演情報みどころを【引用〈補足〉】したものである。

「蝶の道行(ちょうのみちゆき)」【春の野辺に助国(中村梅玉)と小槇(中村福助)が姿を現します。この世で結ばれることのなかった二人は、蝶の姿となって戯れ遊びますが、地獄の責めに遭い、その羽ばたきを止めるのでした。】

お家騒動の果てに、姫君の身代わりに首を打たれた小槇と、愛する小槇の跡を追って自刃した助国。相思相愛であった二人が冥途で一組の蝶となって、めぐりめぐって出あう義太夫舞踊である。

「世の中は夢か現かありてなき蝶となりしが」 紫陽花や牡丹が咲き乱れる花園を背景に、艶やかな対の衣装を纏った二人が激しく夢中に、見惚れるほどに舞踊る。

「修羅の迎いはたちまちに、狂い乱るる地獄の責め」 刹那の快楽に酔っても、やがて蝶の命はむなしく消え去ってしまう。踊り狂った末、折り重なって息絶えて幕切れとなる。中村福助丈と中村梅玉丈の名優二人、その姿はまこと人生の悲哀を感じさせ、三十分間の熱演は心を打った。私は中村福助という当代一の女方と出あえたことを幸せに思う。

 「女殺油地獄(おんなごろしあぶらじごく)」【河内屋の放蕩息子与兵衛(片岡仁左衛門)は、馴染みの芸者小菊(片岡秀太郎)の客に喧嘩を売ろうと、善兵衛(市川右之助)や弥五郎(片岡市蔵)と共に待ち構えています。一方、豊嶋屋のお吉(片岡孝太郎)は、娘お光(片岡千之助)とその場に居合わせ、与兵衛に意見します。やがて喧嘩が始まり、与兵衛は侍の小栗八弥(坂東新悟)に無礼を働きます。与兵衛の叔父山本森右衛門(坂東彌十郎)は、甥を成敗しょうとしますが、八弥がこれを止めます。そしてお吉が、与兵衛の衣服の乱れを直すところ、夫の七左衛門(中村梅玉)がやって来て、妻の振る舞いをたしなめるのでした。その後、与兵衛の行状が継父の徳兵衛(中村歌六)や兄の太兵衛(大谷友右衛門)にも知られてしまいます。しかし当の与兵衛は妹のおかち(中村梅枝)を利用しての悪巧みを思い付き、これが失敗に終わると、その腹いせに継父と妹を足蹴にします。そこへ母のおさわ(秀太郎)が現われ、与兵衛を叱って家から追い出します。〈その日の夜、借金の返済に追われる与兵衛は、同じ油屋である豊嶋屋に赴き女房お吉から金を借りようとしますが断られ、お吉を殺害してしまうのでした。〉】

 「片岡仁左衛門 一世一代にて相勤め申し候」と銘打った、近松門左衛門作「女殺油地獄」である。一世一代とは一生の仕納めとして、二度と演ずることはないという意である。仁左衛門丈は片岡孝夫であった二十歳の時に、河内屋与兵衛を初演して評判を高めている。

与兵衛とは、弱いくせに虚勢を張り、刹那刹那に生きている人間だ。継父(ままちち)など親の甘やかしの毒にどっぷりと浸かって、結果、酒色に溺れるだけの、救いようもない最悪の男が誕生する。「演ずるにはある程度の生の若さが必要」と六十五歳の仁左衛門丈が言われたのは、二十三歳の与兵衛があまりに刹那主義的な若者だからだと思う。 遊郭の遊び代、二百匁(二十万円)の借金返済に窮した与兵衛は、豊嶋屋に赴き女房お吉から金を借りようとするが断られて、お吉を殺害し、豊嶋屋から三貫匁(三百万円)の金を奪って逃げるという筋書きである。

まず与兵衛はお吉に「いっそ不義になって貸して下され」と色仕掛けで迫るが、断わられてしまう。その背後から感じとれるのは、ぬめぬめとした男女の愛憎だ。色仕掛けがだめだと、与兵衛はお吉を泣き落しにかかる。三人の女の子の母親であるお吉は二十七歳の女盛りである筈なのだが、残念ながら私は、お吉役の孝太郎丈の芸からは、ひとひらの色香さえ感ずることができなかった。

 やがて芝居のクライマックス、豊嶋屋殺しの場面をむかえる。西桟敷前席で観劇していると、下手側の最前列と花道下の客席にスタッフから、油よけのビニールシートが配られた。目前の舞台では与兵衛がお吉に斬りかかり、倒れた油桶からドクドクと油が流れ出る。どす黒く光る油の中で、ぬるぬるとした男女の揉み合いが続く。残虐な殺しの場面である筈なのに、エロチシズムやサディズムを感じ胸がどよめいてしまうのは、与兵衛同様に、人間が隠し持つ不条理や残忍さの仕業なのか。

仁左衛門丈は殺しの場面について「最初は無我夢中、だんだん落ち着いてくると、そのうち今度は楽しみだす。そして最後にお吉が死んでしまうと急に怖くなる。与兵衛というのは非常に多面性のある人物です。」と述べられている。

 お吉を殺害した後、懐に三貫匁の金を詰め込んで七三の花道で見得を切った、油にまみれた仁左衛門の面差しは、生き写しの如く与兵衛を見事に熱演していた。「一世一代」片岡仁左衛門丈の芸の力量は比類なく素晴らしいものであったが、釣り合うことのない、お吉役の孝太郎丈の取柄もない凡庸さが、私にはもの足りなく感じられた芝居である。

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