(日本料理)赤寶亭(せきほうてい)

日本料理「赤寶亭(せきほうてい)」☆☆☆☆

 滋賀県東近江に本店をおく「招福楼」の御主人、中村秀太良氏は「椀の成功は懐石の成功を意味する。」との名言を吐かれた。まだ滋賀の本店には伺ったことはないが、東京丸の内ビルディング三十六階にある「招福楼 東京店」は、その料理の味と接客の良さにひかれて何度も訪れている。本日訪問した日本料理「赤寶亭(せきほうてい)」の主人も名店「招福楼」の御出身であるときいた。

 八月の上旬、地下鉄表参道駅A2出口を上がると、外はむされたように暑い曇天の昼下がりである。地図をたよりに本通りから脇道に入り、噴出す汗に抗うように牛歩の如く歩んでいくと、十分ほどで目当ての料理店を見つけた。赤地に白抜きの「赤寶亭」の店名が灯る門柱から、打ち水の行届いた石畳を飛び越えて、白紗の暖簾を押し分け遣り戸を開けると、玄関先には居住いを正して客を出迎える女将と、若い板前見習いの姿があった。

 私達は階段を上った二階テーブル席(三卓)の奥にある、八畳ほどの掘り炬燵式の和室に案内される。料理をゆっくり楽しもうと希望しておいた個室は別途個室料(座敷・五千二百五十円)がかかる。「赤寶亭」の昼餐は「昼のコース」(五千二百五十円)が主体となるようだが、私は日本料理とはプライス・イコール・クオリティが顕著に具現されるものと思っているので、予め「おまかせコース」(一万八千九百円)をお願いしておいた。

 飾り団扇が掛けられた床の間には、信楽焼きの花器に、水引の赤い小花と純白な一輪の槿(無窮花)の花が活けられて、一服の清涼剤のように私達を持て成した。まずはエビスビール(八百円)で喉を潤した。料理に合わせた日本酒は、岐阜の三千盛(純米酒 千百円)と高地の司牡丹(純米大吟醸 二千円)など冷酒で嗜んだ。本日供された料理はつぎのとおりだ。

・先付け「胡麻豆腐 生海胆添え(紫蘇の葉・山葵)」

・椀物「牡丹鱧と冬瓜のお椀(隠元)」

黒に塗られた汁椀は、身は外側に蓋は両面に、夏の風物詩、花火が沈金模様でほどこされている。鱧の細かな脂がキラキラ浮かぶ透明なだし汁は、「招福楼」の系譜に従って、滋賀の水に、拘りの鰹と昆布の旨みが引き出されたもので、出汁の余韻に長くひたれるものだ。

 ・お造り「鯛の薄造り、鮪中トロ、車海老の湯引き(花胡瓜・おかひじき)」

鯛の薄造りは、添えられたオカヒジキを巻いてポン酢で食べる。大変上質な造りである。

 ・焼物(魚)「山形産天然アユ、青森産天然ウナギ」

 ・八寸「煮鮑、銀杏、蓴菜、鯵の小袖寿司、山桃の赤ワインゼリー」

数枚の団扇を組み合わせたデザインの皿で八寸は供される。蓴菜は兵庫県三田産、山桃赤ワインゼリーはホオズキのオレンジ色の袋状の萼が器となった。

 ・焼物(肉)「米沢牛、アスパラ、トマト、ミョウガ」

牛肉は辛子醤油、付け合わせの野菜は手間を惜しまぬ黄身酢で賞味する。

 ・炊き合わせ「茄子、オクラ、南京、厚揚げ(針生姜添え)」

 ・ご飯「新生姜の炊き込みご飯、トロロ昆布の赤出汁、茄子・胡瓜の漬物」

 ・水菓子「葡萄、メロン、スモモ(貴陽)、パッションゼリー」

 ・甘味「黒豆の水羊羹、薄茶」

 料理全体の印象は、コース値段に見合った材料が惜しみなく提供され、品数もボリュームも十分満足できるものに思えた。供された料理は、どれも私の口には合って美味しく感じられる。料理は当然に「招福楼」を彷彿とさせるものが多かった。比較すれば卓越した味わいは互角であり、絢爛さにおいては「招福楼」の方が勝っている。配膳などは女将、熟年仲居、若い板前見習いの三名が担当されたが、そのサービスレベルは高いものに感じられる。特に感心したのは一年前から入ったという、板前見習いの凛とした躾の良さである。店の主人の高潔な人柄が推察された。

 ミシュランガイド東京の掲載店には首を傾げたくなるような料理店も多いのだが、ここ日本料理「赤寶亭」は、正に星付きに相応しい料理店である。店は隠れ家のように小ぢんまりとしてはいるが、素晴らしい和食店に思えた。

(以下は連れ(KEI)のレビューである。)

表参道駅A2出口を出て、商店街へ入り、ほぼ道なりに数分歩くと「赤寶亭」がある。この日は晴天ではなかったが、長梅雨が明け、じっとしているだけでも汗ばむような暑さだったので、ゆっくりと10分近くかけて歩いて行った。

ミシュランの星が付くと予約が取りづらくなるものだが、三ツ星以外は意外と取れるものだ。個室が予約できて良かった。玄関から中へ入ると、女将さんと若い板前さんが出迎えてくれた。ここはすべての客が靴を脱ぐことになる。廊下も階段も絨毯敷きになっていて、スリッパは使わない。

階段を上り、二階の突き当りの個室へと案内された。右手は厨房で、左手はテーブル席がある。テーブル席からは坪庭が眺められるようになっている。案内された座敷は約8畳ほどの和室で、掘り炬燵式のテーブルが置いてある。8人は裕に座れる広さがあって、ゆったりと過ごせそうだ。床の間には、ご主人の修業先であった「招福樓」所縁の客から送られたという団扇が掛けられ、真っ白な槿と赤いミズヒキが飾られている。

席に着くと、冷たいおしぼりと小さなグラスに梅酒のロックが供された。ゆっくりと歩いてきたにも関わらず汗が出始めていたので、一気に飲み干してしまった。料理は予約の際、18,600円のコースをお願いしておいたので、エビスビールと梅酒をロックを頼んだ。後は食事に合わせて冷酒を選ぶだけだ。

先付け  胡麻豆腐 生海胆 穂紫蘇 山葵
涼しげなガラスの器で供された。海胆の甘み、胡麻豆腐のまったりとしたコク、穂紫蘇の爽やかさ、山葵のぴりっとした清涼感が素晴らしいハーモニーとなり、口福の一時が味わえた。お代わりしたくなるくらい美味しい!

椀物  鱧 冬瓜 エンドウ 梅肉 青柚子
花火模様の椀で供された。鱧は大きいのだが、骨が当たることもなく、ふっくらとして甘い。冬瓜もほっくりとしていて、美味しい。

お造り  鮪 海老の湯引き 鯛の薄造り 陸ひじき 花胡瓜 
扇の形の皿で供された。鯛の薄造りはポン酢で頂く。さっぱりとしていて美味しい。鮪は上質なさしが入っていて、蕩ける様な甘みがある。海老の湯引きも甘い。

焼き物  山形産天然鮎の塩焼き 青森産天然鰻の照り焼き サツマイモの甘煮
小さな七輪で運ばれ、テーブルで笹の形の皿に移して供された。鮎はやや大ぶりだったので、頭から齧るのは諦めた。蓼酢で頂くとさっぱりしている。鰻はあまりしっとりしていなくて残念だった。サツマイモの甘煮も凡庸な味。

八寸  鯵の小袖寿司 新銀杏 蒸し鮑 蓴菜 山桃の赤ワインゼリー
緑色の網を張った昔ながらの蛍篭を模した入れ物で運ばれ、そこから団扇の形の皿に取り分けて供された。山桃の赤ワインゼリーは本物のホウズキの器に入れられている。鯵の小袖寿司はちょうどよいお凌ぎだ。蒸し鮑もほどよく柔らかく、肝のソースが美味しい。

煮物  南瓜 オクラ 厚揚げ 糸生姜 
夏の草花の模様の蓋付きの器で供される。南瓜はほくほくとして甘い。厚揚げは市販されているようなごっつい感じでなく、白く上品なもので美味しい。

焼き物 米沢牛のステーキ 茗荷のせ 付け合わせはプチトマトとグリーンアスパラのソテー 黄身酢添え
米沢牛は柔らかく、すっとお腹に収まる。苦手な茗荷もこのステーキには合っていた。野菜のソテーに黄身酢を合わせるのは初めてだが、和製マヨネーズのようでとても美味しい。

食事 新生姜ご飯 もずくの赤出汁 漬物(茄子・胡瓜)
鉄ではなく、陶器のお釜で炊かれてテーブルに運ばれる。軽く二杯分ずつあった。さっぱりとしていて、生姜独特の辛味もある。もずくの赤出汁が思いの外美味しい。

水菓子  プラム(きよ) メロン 葡萄 パッションフルーツのゼリー
すべて皮を剥かれ食べやすく供された。パッションフルーツのゼリーの喉越しが良く美味しい。

甘味・抹茶  黒豆の水羊羹 薄茶
小豆の水羊羹よりコクがあり美味しい。

どれも夏を器と共に供された。夏だからこその演出はとても嬉しい。季節を料理だけでなく器やサービスで表現されるのは「吉兆」が一番だろうが、こちらも素晴らしいと思った。女将さんと仲居さんと板前さんが代わる代わる料理を運んでくれたが、途中でお酒の追加などもテーブルの上に呼び鈴があるのでスムーズに行われた。つかず離れずで居心地がとても良かった。先付けがあまりにも美味しかったので期待しすぎてしまった感が否めないのだが、魚の焼き物以外は満足のいくものであった。いつかまた訪れたいと思わせられるお店だ。    KEI

(お店の紹介)

日本料理「赤寶亭(せきほうてい)」

東京都渋谷区神宮前3-1-4

TEL 03-5474-6889

定休日 毎週日曜日、八月中旬、年末年始(要予約)

私達は、「おまかせコース」の一万八千九百円と、お酒などを注文して、51,530円でした。

ホームページの「東京食道楽記(極上の味を求めて)」では、男女二人が、それぞれの視点から、食べ歩きの原稿を書き上げております。興味のある方はご覧になってください。
http://www18.ocn.ne.jp/~gokujyou/

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(アラ鍋料理)千ふじ

「千ふじ」☆☆☆☆

水温が下がる一月から二月は海の釣り物もめっきり減って、釣り人泣かせの季節となる。大鯛や鰤を釣るための活餌の槍烏賊も、年明けには大きく育ち過ぎて餌にはならず、端物釣りも終焉をむかえる。数年前の一月、熱海沖に出漁し船頭と二人で中深場の白ムツを狙った。胴づき十五本ほどのハリに秋刀魚の切り身をつけて、二百メートル前後の水深を狙う。半日ほどやれば百尾以上は釣れる魚なので、陸に上がると腹開きにして白ムツの干物を作った。これは鯵の干物よりは上品な味で美味い。

のんびり船を流していると突然竿先を叩くようなアタリがあった。置き竿のまま慎重に電動リールで巻き上げてみると、銀色の採光を放った、四キロほどの狐顔の魚がユラリと浮かんできた。すでに相模湾では幻の魚と言われたアラと私の出合いである。

そんな希少な魚「アラ」を食べさせてくれる料理店が東京にあるという。「千ふじ」という和食店だ。連れと二人、新宿駅から山手線に飛び乗り日暮里駅を目指した。駅から七分ほど寒さに堪えながら歩いて行くと、ビルの一階に目当ての料理店がある。そこは小ぎれいな町場の居酒屋といった風情である。初老の女将から三名の先客が居られる奥の座敷へと案内された。

店の女将は様々な印刷物など示しながら、私達にアラとクエの違いを熱心に説明し、養殖物がないアラの方がクエよりも価値のある魚だと力説される。店で供されるアラは東シナ海、五島列島で水揚げされたものだと伺った。世間では、クエ(関東の呼び名はモロコ)を使ったチャンコ鍋の魚をアラなどと呼ぶから、話はこみいって煩わしくなる。

アラとはスズキ科の魚であり、クエ(モロコ)はハタ科の魚で、その姿形など全く違う魚だ。よってアラの刺身は、スズキの刺身に脂がのったような味である。クエの刺身は、マハタの刺身の味に近いものである。天然物のアラとクエはどちらも稀少で上等な魚なので、味の優劣などつけかねるものだ。

ここの「アラ料理コース」は、十月から三月までの季節限定で一万円(要予約)である。先ずは黒生ビールで喉を潤す。日本酒は熱燗用の「日本盛」を二合、体が温まってくると、さらに冷酒銘柄の「鄙願(ひがん)」を二合ほど嗜んだ。本日供された料理はつぎのとおりだ。

・前菜「蛍烏賊煮付け、白魚の天麩羅、小帆立貝煮付け」

・お造り「アラ、赤貝、墨烏賊、鮃、赤ムツ、鮪、鰤」

・旬の肴「タラ白子ポン酢」

・旬の肴「槍烏賊煮付け」

・鍋物「アラ鍋」

・食事「雑炊」

・デザート「苺」

私は「アラ料理コース」は、煮物、焼き物、揚げ物などアラ尽くしの料理が提供されるものと思いこんでいた。しかるにアラを用いた料理は、三切れほどのアラの刺身と、大皿に盛られたアラ鍋の具材のみで内心大いに失望した。ちり鍋用の具材は湯引きされたアラの切り身と野菜、豆腐などである。

本日提供された料理は、アラという魚を除いて平凡なものと感じた。「前菜三種」や「お造り」など特出している品と思えず、まさっていた「タラ白子ポン酢」や「槍烏賊煮付け」でさえ、アラ料理コースにはミスマッチのような気がする。厚切りされたアラの刺身は大味で格段なものとは感じられなかったが、残り二切れを土鍋の熱湯にさっとくぐらせ、ポン酢醤油で賞味したら絶品の味へと変わった。

めあての「アラ鍋」は、アラという魚の本領が十分に発揮され、その魚の旨味は「河豚(ふぐ)ちり」に匹敵する美味さである。店特製のポン酢醤油の味付けも私の口には合い、長葱や白菜、豆腐なども大変美味しく感じられた。「餅いり雑炊」はアラ鍋の残った出汁に御飯を入れて、薄味をつけ卵でとじて厨房から運ばれる。熱々を無言のまま連れと二杯ずつ掻っ込んで身も心も温かくなった。特大の苺一粒のデザートで締めとなる。

 この料理店の「アラ鍋(二人前)」(一万円)は、「一見ならぬ一食の価値あり」の料理である。残念ながらアラ以外の料理は凡々なものだと感じた。素人は、供されたアラ料理のレパートリーがもう少し広ければと、ふと思う。店の評価は、「アラ鍋」のみの評価である。

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(炉窯料理)玉青(たまお)

「玉青(たまお)」 ☆☆☆☆☆

板場に土佐漆喰の炉窯を設けて、「炉窯炭火焼料理」を供してくれる和食店があると知った。本年度の「ミシュランガイド」東京版で一つ星を獲得した割烹料理店である。店名の「玉青」は「たまお」と読む。私は「玉青」という響きから、翡翠の珠玉が思い浮かんだが、その名の由来は有吉佐和子氏と旧知の間柄であった店の御主人が、小説の一文から名前をつけたという。

一月下旬の夕暮れ時に東京メトロ麻布十番駅で降り立つと、駅の一番出口から料理店は目と鼻の先にある。そこは街灯がぽつりと灯った横道に面した建物で、一階には系列の居酒屋『あん塩』がある。「隠れ家」という言葉は静謐な印象を与えるが、訪れた和食店はその言葉に相応しいものであった。蹲(つくばい)や笹竹をあしらった坪庭がある入り口を抜けて、エントランスホールのインターホンで話してから三階に行く。エレベーターを降りると謀れたように閑寂な空間が広がった。

 彩かな着物を身に纏った女将に招かれた店内は、焚かれた御香が仄かに漂う。緋色に輝く炉窯手前のカウンター端には、鬼打ち豆など節分の装飾とともに、早春に咲く白梅などがふんだんに活けられていた。連れと二人、可変の壁で仕切られた掘り炬燵式の座敷に案内される。小ぢんまりとした瀟洒な部屋にも椿の緑葉と白梅の花が飾られて、女将の気遣いが其処彼処に感じられる店である。

 ここのコース料理は一万円、一万二千円、一万五千円、一万八千円などがあり、あとはアラカルトとなる。当日は「料理長おまかせ」(一万八千円)を予約しておいた。まず連れは梅酒ロック、私はエビスビールを注文して喉を潤した。

 「炉窯料理」を標榜する「青玉」で供された料理はつぎのとおりだ。

・先付「(炉窯で焼いた)河豚白子豆腐」

・お造り「カワハギと関アジの刺身」

・椀盛「香箱蟹しん薯のお吸い物」

・八寸「ワカサギの南蛮漬け、北寄貝のぬたあえ、飯蛸の煮付け、いなり寿司、(炉窯で焼いた)厚焼き玉子、数の子、蚕豆、(炉窯を用いた)鮑の蒸し焼き」

・煮物「アイナメと筍の煮物」

・炉窯焼き「車海老、和牛、ノドグロの三種。(菜の花の辛子和え、蓮根とジャガイモの素焼きが添えられた)」

・食事「銀シャリ釜飯、おばんざい三種(出汁巻き卵、海苔の佃煮、辛子明太子)、糠漬け、焼き味噌の味噌汁」

・デザート「苺とバナナのチョコレートムース」

 供された料理は非常に丁寧に作られて、どれも大変に美味しいと感じられた。炉窯で焼き上げた「河豚白子豆腐」は鰹出汁の余韻が強過ぎるかと感じたが、食べこむほどに美味さが増した逸品である。「お造り」は琵琶の形の器、「椀盛」は燻し金の器で供され、「八寸」は見た目の美しさも、一流といわれる割烹料理店に引けを取らないものである。素晴らしい料理の数々に温燗徳利は瞬く間に空となっていく。酒の銘柄を変える度に洒落たお猪口が運ばれる。当日は、大虎(山形県)、穂刈(秋田)、花垣(福井)などの銘酒を、艶やかな女将の御酌で堪能することができて幸せであった。

 やはりこの和食店で特筆すべきは、供された「炉窯炭火焼料理」の飛び抜けた美味しさであろう。三百度以上になる炉窯炭火の中で選り抜かれた素材は、まこと驚くべき変化を遂げる。車海老や赤ムツ(ノドグロ)などの魚介類は水分を保ったまま、野菜も甘味や旨味を増して焼き上がる。薩摩芋かと思われた栗のような焼き芋は、「インカのめざめ」というジャガイモであった。焼き車海老は忘れられぬほどの美味さに思える。炉窯焼きの和牛は、連れが「『あら皮』のステーキ肉より美味しい」というほどに仕上げられていた。「おばんざい三種」と供された〆の炊き立て銀シャリ釜飯は、自然農法で育った野趣溢れる味の新潟コシヒカリであった。

 なによりも心から寛ぐことができ、この店はすべてにおいて非日常の要件を満たしているように私は思えた。送迎時に顔を出された料理長はまったく外連味のない御方である。秀逸な料理、心のこもった接客、静寂の時間など、「玉青」は東京和食店で珠玉の店である。

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(日本料理)なだ万 本店 山茶花荘

「なだ万 本店 山茶花荘」 ☆☆☆☆☆

数か月前から取りかかっていた仕事が小さな区切りをみた。ここ最近は馴染みの料理店ばかりを訪れていたのだが、久しぶりに新しい店に行ってみたい気分になる。街は木枯らしの吹き下ろす季節へと変わった。赤坂見附駅の紀尾井町出口から外濠に架かる弁慶橋を越えると、ホテルニューオータニ東京はすぐ目の前にある。

このホテルの日本庭園はすでに四百年の歴史を有する名園で、目当ての「なだ万本店 山茶花荘」はその庭園の一角に佇んでいる。平日休みの午餐だというのに空はあいにくの雨模様だ。人の気配もない遊歩道を転げた落ち葉を踏みしだきながら、連れと二人料亭に向かった。霞んだ庭の緑の深みには、形ばかりの『銀座うかい亭』などよりは、余程ましだと思われる、鉄板焼きレストラン『石心亭』の建物も見える。

 竹塀と赤花が濡れる山茶花の垣根に挟まれた錆砂利の小路を抜けると、料亭の門前に出る。その門前には氷雨の中、私達を出迎えるために立つ、半纏を羽織った二名の男性の姿があった。竹林と木々の緑に囲まれた柿板葺きの門は閑寂な趣がある。数寄屋造りの建物に向かい石畳の坂をゆっくりと上っていくと、どこか純朴で心が安らぐような雰囲気が感じられた。

 入口で二名の仲居から丁寧な出迎えを受けた。薫きこめられた香木のかおりが仄かに残る玄関から案内されたのは、四室ある日本間のうち、十七畳もある瀟洒な「葵」という和室である。二つの席は相対に分かれていたが、私達の様子を瞬時に見取った仲居は「お庭など眺めながら存分に食事をお楽しみください」と座席を横並びに設え直してくれた。この料亭の昼のコース料理は二万五千二百円と三万千五百円、夜のコース料理は六万円となる。当日は三万千五百円のコースを予約しておいた。十二月中旬の午餐、供された料理はつぎのとおりである。

(先付)河豚煮こごり 才巻海老 椎茸 白子掛け 葱

(前菜)芹 しめじ黄金和え、 千枚蕪サーモン巻き いくら、きんこ白和え、新唐墨 大根、〆鯖小袖寿司、海老松風、 芽慈姑

(吸物)蟹すり流し 焼き餅 あられ人参 芽葱

(造り)鰤 鮃 牡丹海老

(焼物)鮑雲丹焼き えぼだい西京焼き 菊花蕪

(煮物)小鍋仕立て 甘鯛みぞれ小鍋 海老芋 舞茸 水菜

(食事)五目かやく釜炊き御飯 香の物 盛り合わせ

(止椀)赤出汁

(果物)デコポンゼリー掛け キウィ 苺 マンゴー

(甘味)干し柿 抹茶

 料理は今が旬の魚介や蔬菜を多用しその味付けは、ほんのりと甘くしっかりとしたものである。吟味された器で供された料理は、私の口には大変に合って美味しく感じられた。日本酒は冷用酒と燗酒用の二種類が用意され、どちらも京都伏見の蔵元で醸造された「なだ万」オリジナルのものだ。料理の味を邪魔せぬように造られた淡麗辛口の酒は絶妙な人肌燗で供される。係りの三名の仲居達からは手厚いもてなしを受ける。それは付かず離れずの距離を保ちながら、細かいところまで心を配っている見事な接客で、連れと二人まことに寛ぐことができた。

 ひっそりと静まり返った座敷で、鳥のさえずりに耳を傾けながら猪口を舐め、ぼんやりこの一年に思いを巡らした。錆砂利が敷かれ芝草が植えられた中庭からホテル庭園を望むことができる。池の名残りモミジの枝先にとまって動かぬ青緑色のカワセミは、靄の中に輝いてみえた。本日は「料亭の斯くあるべき姿」を見たように思える。ホテル庭園内に佇む料亭「なだ万 本店 山茶花荘」は、まったく別格の料亭であった。

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(板前割烹)新宿割烹 中嶋

「新宿割烹 中嶋」☆☆☆☆☆

ターミナルの新宿駅で降り立ち南口から、東南方向にある大塚家具の建物を目指して歩いた。繁華な通りは喧騒でわき返り、黄昏時というのに街全体に余熱が淀んでいるようだ。雑踏を越えると雑居ビルの谷間に目指す和食料理店があった。建物の階段を下り格子戸を開けると、地階には謀られたように彩かな空間が広がった。迎え出たマダムに予約の名前を告げると厨(くりや)が見渡すことができるカウンターの上席へと案内される。

瀟洒な店内には八席のカウンター席と三室の個室があり、そのキャパシティーは二十四席ほどである。「ミシュランガイド」東京版で一つ星を獲得した「新宿割烹 中嶋」は、日中は廉価なランチを、夜はコースで関西割烹を提供する和食料理店である。この店の料理の真価は懐石料理を賞味してこそ理解できるものであろう。ここの夜のコースは八千円、一万円、一万三千円などがあり、予約時に一万三千円のコースを注文しておいた。

カウンター越しの厨には御主人と補佐の女性料理人の二名が、奥の厨房には四、五名の板前達が立ち働いている。御主人の中嶋氏が目配りや気配りに極めて長けた方であることは、すぐに分かった。微細にわたり板前達を叱責指導しながら、常に客席にも気を配っている。連れが中座すると布ナプキンを綺麗に畳み直し、箸の紙帯まで外してくださった。厨内の叱責は弟子に対する愛情が満ち溢れているようで、私には微笑ましく感じられた。

新宿の熱気ですっかりと渇いてしまった喉を生ビールで潤し料理を待った。すべての料理は一旦中嶋氏のもとに運ばれ、逐一主人が手直ししてから提供される。本日供された料理は次のとおりだ。酒は石川県の銘酒「萬歳楽」を温燗で三合ほど含んだ。

「先付」葛を纏わせた素麺

「前菜」煮蛸、姫サザエ、鯵南蛮漬け、蓮芋、枝豆、衣担ぎ

「お椀」牡丹鱧の吸物の具は、鱧、白瓜、順菜など。鱧の花は上質で、口中に出汁の風味が長く残る美味い椀である。

「向付」鮪、鱸の洗い、煽り烏賊の造りと、海胆と小鯵の寿司。

海胆はミョウバン臭を消すために木箱のまま三十秒ほど蒸してある。あしらいの穂紫蘇は咲いた花の隙間に、主人自ら猪口に入った花弁を箸で加えていた。拘っているという造りは極上のものに感じられた。

 「焼物」和歌山産、鮎の塩焼き一尾。添え物は、万願寺唐辛子の煮浸しと小蛤の有馬煮。香魚ゆえに振り塩は鰭のみに止めてあると言う。焼きたての鮎の脇腹にある、ほろ苦いワタに齧りつき手づかみで骨ごと食べ尽くした。野趣溢れる香りは唸るほどの美味さに思えた。

 「煮物」鮑の磯焼き。鮑と肝の共和えは、新鮮な鮑に肝ソースと青海苔をかけて焼いたものである。これは南麻布『分とく山』の看板料理でもあるが、供されたものは、素材を弄り過ぎてなく本来の味が生かされている。

「口替り」能登のモズク。具は子持ち昆布、山芋、二十日大根など。サービスでジャコと沢庵の炊いたものが出された。炊き込まれた沢庵は驚くほどに柔らかい。

「強肴」鱧の柳川風。焼いた鱧の骨で出汁をとるのは新橋『京味』と同じである。やや甘めの味付けは私の口には大変に合う。

「食事」湯葉のお茶漬け、茄子の赤出汁、香の物。茶漬けの湯葉の上には穴子と山葵がのる。とろみのついた出汁で掻っ込んだ。

 「水菓子」中嶋自家製のお米のアイスと巨峰のシャーベット。

系譜をたどれば、中嶋氏の祖父は、北大路魯山人の星ヶ丘茶寮の初代料理長で、御主人はその三代目にあたる。祖父の情熱は孫の中嶋貞治氏に脈々と受け継がれていた。ここの料理の決め手は御主人中嶋氏の情熱に尽きるのではないか。味覚はそもそも曖昧なものであろうが、皿の隅々まで料理人の気持ちがこめられた料理は、私には格段のものに思えた。

店内は満席の盛況である。八名ほどの個室から酔客の賑やかな声が響いてくると、主人が「あの客達には料理の味はわからない。」と切なそうに呟いた。手塩にかけた料理を真直に味わってほしいという強い思いが伝わってくる。料理店の料理とは、非日常でなければならない。なぜなら非日常とは感動であるからだ。新宿の街で常連となりたい和食料理店に出合い、本日は少し幸せな気分である。

 

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(板前割烹)重よし

 「重よし」 ☆☆☆☆

 新橋の『京味』や神楽坂『小室』、赤坂の『と村』などと並び称される、明治神宮前にある「重よし」は是非とも訪れてみたい板前割烹店であった。土曜日の昼下がり連れに電話してもらうと、幸いなことに夜の予約が取れる。七月は梅雨晴れの夕暮れ、原宿駅より目当ての和食店に向かった。陸橋から望む神宮橋向こうは、今が盛りの神宮の緑が美しい。表参道のケヤキ並木沿いに四十年余の歳月を経たコープオリンピアの建物が見えた。

 陸橋を下りると、古い建物の空をケヤキ並木の緑が蓋いつくしている。風もない歩道は車の排気ガスが鼻につき、蒸し暑くてやり切れない黄昏だ。道端から一段下がった所に店の出入り口があった。

 和風の格子戸を開け、隅に「重よし」と書かれた白紗の暖簾を潜ると、ゆとりのある空間が広がった。店内は飾りけのない造りであるが、天井は高く広々とした十三席ほどのカウンター席は、極めて居心地は良さそうだ。どうやら私達が一番目の客のようで、奥から二番目のカウンター席へと案内された。ほかに三卓のテーブル席や個室もあるようだ。

 カウンター越しの厨(くりや)には、店主を含め六名ほどの板前達が立ち働いている。白髪で端整な顔立ちの御主人は、まったく外連味のない御方で、その所作はすっきりと粋に感じられた。「重よし」の夜のコースは一万八千円から三万円で、あとはアラカルトとなる。当日は予め三万円のコース料理を予約してある。

 まずはエビスビールで渇いた喉を潤した。梅を取り出さず漬け込んだ七年物飴色の梅酒は驚くほどコクがある。本日供された料理はつぎのとおりだ。

「三種類の具が入った煮こごり」具はオクラ、百合根、鯛卵など。敷物には梶の葉が使われて乳白色の胡麻ソースが添えられた。温燗を頼むと新潟の名酒「八海山」を勧められた。

「ホワイトアスパラの煮浸し」
「鮑の煮貝と煮わた」
「鰯の天麩羅」
「ゴーヤと浅蜊の和え物、豆腐の諸味漬け、蛸、生海胆、もずく、鳥貝」

「牡丹鱧の吸い物」具は肉厚の梅雨鱧、牛蒡、上質なジュンサイなど。出汁は昆布の風味が残り大変美味しく感じられた。

「アコウダイの造り」釣り上げたこともある高級な深海魚の刺身だ。御主人自ら繊細丁寧に切り分けて、氷と紫蘇葉が敷かれた器に積み重ねていく。ほどよく熟成させた刺身は歯応えもよく上品な旨さがある。冷酒は岐阜の銘酒、辛口の「三千盛」をもらった。

「鮎の塩焼き」長良川産の鮎であったが、新橋『鮎正』の鮎には遥かに及ばぬものだ。六月は三回「鮎正」の鮎を食べたのだから仕方あるまい。

「毛蟹」
「丸茄子の揚げ浸し」
「天然帆立と車海老、烏賊と夏野菜の和え物」

 〆の食事は五種類ほどの中から選択となる。私は「親子丼」を連れは「鮪丼」を注文してシェアすることにした。正面の冷蔵庫から実に旨そうな鮪赤身のブロックが取り出され、目前の厨で薄切りされ奥に運ばれた。供されたトロトロの「親子丼」と、「鮪の漬け丼」は大層美味なものである。果物の「デザート」と「水羊羹」の甘味で締め括った。

 やがて店は満席の盛況となった。私達を除いてすべて常連客のようである。二番目に一人で来店されたのは、ここコープオリンピアに居住される老婦人であった。店の客筋は大変良いように感じられ、どの方達も静かに食事を楽しんでおられる。私は店が常連客を優遇するのは当然のことだと思うのだが、この店は一見客の私達も分け隔てすることなしに、持て成してくれたと感じた。

 料理全体の印象は感動するような飛び抜けた料理はなかったが、どの料理も大変丁寧に、気持ちをこめて作られていると思う。そして食べすすんでいくうちに、「沁み沁み美味い」と感じられる。仕事の合間に御主人は、私達に供した料理をノートに書き留めておられた。つぎに訪問した時の参考にされるようである。また訪れてみたい和食店を原宿に見つけた。高名な店でありながら、カウンター席で感ずる緊張感や威圧感が無いのが、なによりも有り難い。

ホームページの「東京食道楽記(極上の味を求めて)」では、男女二人が、それぞれの視点から、食べ歩きの原稿を書き上げております。興味のある方はご覧になってください。
http://www18.ocn.ne.jp/~gokujyou/

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(日本料理)銀座神谷 木挽庵

 「銀座神谷 木挽庵」 ☆

 歌舞伎座の六月大歌舞伎は「新薄雪物語」を上演していた。「親の愛」が描かれた作品は、我が子を助けるために二人の父親が命を投げ出す筋書きである。ここは幕切れの「三人笑い」が最大の見せ場となる。三人の父母が苦悩のどん底で、泣きながら笑いあってみせる仕種は、観客の涙を誘い、我々を深い人生の洞察へと引きいれる。

  歌舞伎芝居が跳ねたあと、銀座の街をあてもなく連れと歩き回った。どこかで早めの夕餉を済ませてしまおうと、久しぶりに六丁目にある交詢ビルへと向かう。このビルの四階と五階には、ミシュランガイド東京の掲載二店を含む十四店のレストランが営業されている。

平日だというのにレストラン街のフロアは、ひっそりと静まりかえっていた。寿司でも摘もうと思っていたが『鮨 逸喜優』は生憎の定休である。その奥にある「銀座神谷 木挽庵」という店が目に留まった。

乃木坂にもあるこの店は、蕎麦と日本料理を柱に料理を提供しているようだ。煙草を吸わないことを告げると、若い女性スタッフは私達を、しんと落ち着いた、照明が仄かに暗いテーブル席へと案内した。求めた「そば会席」は昼の献立のようで、夜のコースは「懐石くずし」になるという。コースは一万円(花)、一万二千円(鳥)、一万五千円(風)、二万円(月)などがあり、勧められた一万五千円の風コースを注文した。

キリンの生ビール(八百円)で喉を潤していると、一品目、ぐつぐつ煮え立つ小鍋仕立ての「ポーチドエッグのトリュフ餡」が供される。熱々の落とし卵や生海胆などを木製の匙(さじ)で口に含むと濃密な風味が広がった。

ここの料理は好調な出だしかと思えたが、二品目からは、しおたれるような平凡でとりえのない料理が次々と並んだ。二品目の「中トロの炙り寿司 二貫」は、シャリは酸味が利いておらず、振り塩の塩梅をまちがえたマグロは、しょっぱくて食べられたものではない。冷酒は、透ける硝子酒器に満たされた「〆張鶴」(千八百円)を貰う。

 三品目「牡丹鱧の吸い物」は、板前の骨切りの技量が未熟で、鱧の小骨が口に触る。おまけに鮮度が落ちているようで、生臭い鱧は美味くない。四品目の鰹、真鯵、真子鰈の「造り」は、まずまず上質なものと感じた。

 五品目の「焼き物」は、帆立、グリーンアスパラ、ジャンボシメジに味噌ソースがかけてある。これは味噌の味付けが濃く私の口にはあわないものだ。だんだんと酒を飲む気持ちも失せてくる。

六品目「煮物」は鍋物である。テーブル脇で焜炉の燃料に着火して、熱い出汁を満たした金属小鍋をのせて運ばれる。見るから鈍重な見習いの男性スタッフが配膳したが、焜炉からもれる火と、男のやる気がない慣れぬ手つきは、危ないことこの上ない。別皿に盛られた鍋の具は、酢でしめたイサキが二切れ、花ブロッコリー、ヤングコーン、山独活、グリーンアスパラと茗荷の千切りである。出汁の味は良いと感じたが、酢でしめたイサキは鮮度の低い魚のようで、かなりの生臭さを感じた。

 七品目「盛り蕎麦」は、香りも、のどごしも平凡なものである。甘味の「小夏の白ワインゼリー寄せ」と、「水羊羹」で締めとなった。

 私の席からは、カウンター奥の板前達の姿を見ることはできなかったが、元気のよい掛け声だけが虚しく聞こえて来る。気持ちでつくるはずの料理だが、この店の料理からは、こめられた繊細さなど微塵も感じることは出来なかった。今年、私が食べた料理の中では一番酷いもので、まさに価格は一流、味は三流の店だと思われた。

 当日、私達が食事をしている最中にも四組の客が来店された。驚いたことにすべて同伴の客達である。文句も言わぬ同伴客や、会社経費で食い散らかす社用族ばかり相手にしていると、この程度の料理を提供するレベルで満足してしまうような店になってしまうものかと感じた。

 

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(そば会席) 古拙

  そば会席「古拙」 ☆☆☆

 ターミナルの新宿駅から東京メトロ丸の内線に乗り換えて、銀座に向かった。階段を昇って地上に出ると銀座の街は本降りの雨である。松屋銀座で買い物を済ませてから、予約してある「古拙」に向かった。銀座二丁目、昭和通りは富士火災ビルの手前で曲がり、二本目の裏通りの辺りに店はある。一階がイタリア料理店のある建物なので、掲げられた国旗を目印にされると良い。古びた雑居ビルの出入り口の内壁に「古拙」と書かれた小さな文字が、雨の向こうに煙って見えた。人影もまばらな通りの一角、ここにミシュラン一つ星を獲得した日本料理店があるとは、誰も気付かないだろう。

 二階に上がり扉を開けると、謀れたようにモダンな空間が広がった。男性スタッフに予約の名を告げると、棚に陶器などが飾られたテーブル席へと案内される。四卓のテーブルが並べられたホールは、凛と落ち着いた雰囲気に感じられた。隣の個室からは先客の声が聞こえたので、私達は二番目の客のようだ。連れに昼前に予約を入れてもらうと、ここは冷やかしの輩も多いようで、キャンセルしたら実費を貰い受けると念押しされた。

 夜の料理は、「おまかせコース」の八千円と一万円の二種類のみで、別途サービス料が10%加算される。当日は一万円のコースをお願いしておいた。ホールを担当される男女二名のスタッフは、出で立ちや仕草などフレンチのサービスを模倣されているようで、ちぐはぐした印象が強い。店にはシャンパンやワインも用意されていたが、エビスビール(小瓶、八百円)で喉を湿らしてから日本酒を貰うことにした。本日供されたのは次の料理である。

 突き出し「蛍烏賊と山菜しどけの煮付け、山独活のキンピラ」

一品目で店の手並みは凡そわかるものだ。不味くはないが美味くもない味わいで、内心大いに落胆した。合わせて注文した新潟名酒「〆張鶴 純」(純米吟醸、千三百円)の温燗は、驚くほどに絶妙な人肌燗で運ばれる。

 二品目は「種物」と呼ばれる馬珂貝の貝柱をあしらった「あられ蕎麦」の椀である。三品目は、蕎麦屋らしく漬けにされた「鉄火巻き二個、鯵の握り一貫」、四品目「太刀魚の塩焼き」には、カボスと海苔佃煮が添えられた。新潟銘酒「鄙願(ひがん)」(大吟醸、二千円)を冷酒で頼むと、志野焼きの片口注器とぐいのみが供された。

 五品目「豚の角煮、焼き茄子、春菊」、六品目「鱚と蚕豆の天麩羅のおろし煮」、七品目「鮑、胡瓜、白玉、じゅん菜の酢の物」、八品目「牛肉と蕨の柳川風鍋」。九品目「もり蕎麦」、十品目「辛味大根のおろし蕎麦」、十一品目「もり饂飩」、十二品目のデザートは「苺ムースと花豆の甘煮」であった。

 料理全体の印象は、品数の多さは目立ったものの、市井の蕎麦屋でも供されるような、凡庸な味わいの料理が並んだ。そして締めの十割蕎麦も饂飩も実に平凡なもので、感動するような美味い料理は一つもなかった。それは一万円というコース価格で十二品もの料理を提供するが故に、本来の技量を発揮することが出来ていないと感じた。コースの品数を半分に減らされるか、価格を値上げして食材の質を特化させた方が良いと私には思える。ホールを担当されたスタッフのサービスレベルは高いものと感じたが、最後まで違和感を拭い去ることは出来なかった。

食事の途中、隣室から「出汁のひき方が気にいらない」と男性の声が響いた。野卑な大声はいかがなものかと思ったが、この客の味覚は、誠に正しいものである。今晩はミシュランの星など全く当てにはならぬ、すべてが中途半端な夕餉であった。

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(合鴨料理)鳥安

「鳥安(とりやす)」☆☆☆☆☆

 「あひ鴨(合鴨)」とは、真鴨の雄(青首)と家鴨(あひる)の雌をかけ合せて作り出された鴨をいう。東日本橋に明治五年に創業し、百三十年以上も暖簾を誇る合鴨料理の老舗がある。都営浅草線を東日本橋駅で降り、清洲橋通りから御幸通りを隅田川に向かって歩いていくと、大川沿いに杏子色の高塀をめぐらせた「鳥安(とりやす)」の建物がある。一本松の緑が蓋う黒竹の御簾垣に沿い、打ち水された石畳の向こうに、「細輪に木瓜」の家紋を染めた鮮やかな柿色の暖簾が見えた。

 平成十七年に新築された建物は、明治や大正時代の風情を随所に残そうと腐心されたことが窺える。硝子戸を引き、現れた仲居に予約の名を告げるとエレベーターで二階の和室へと案内された。襖で仕切られた六畳ほどの掘り炬燵式の和室は、まっさらな部屋のようによく手入れがされている。

 この店の料理は「あひ鴨すきやきコース」(一万円、税・サービス料込)、一品のみである。それは初代店主が、五代目尾上菊五郎の勧めにより、「あひ鴨一品」を金看板とした伝統を承継したものだ。

部屋の係りは六十も半ばの、たおやかな仲居である。その仲居から料理を運ぶ間合いを尋ねられたので、「ゆっくりで」と返答した。エビスビールで喉を潤していると、一品目は方形の陶器皿で「八寸」が供された。なかなか美味しいと感じられた八寸の品々は、鴨のスモーク、紅葉漬(鮭と米麹)、玉子豆腐、子持ち昆布、枝豆などである。所望した温燗は、この店の酒「菊正宗」である。

二品目の「吸い物」は、具に鶏団子、ナメコ、白髪葱、三つ葉などが入った透明のスープだ。三品目「鴨ササミのサラダ仕立て」は、笹の葉にも似た脂肪分の少ない胸肉と、添えられたベビーリーフに、和風ドレッシングの相性がよい。

やがて仲居は備長炭が燃える焜炉と丸い鉄鍋を運び入れて、すき焼の準備に取り掛かった。合鴨は生後五ヶ月の「若あひ」と呼ばれるものが供される。大皿に盛られた具は、合鴨の胸肉、モモ肉、レバー、砂肝と挽肉のかたまりである。中皿には、春菊、長葱、椎茸、ピーマンがのっている。

厚みのある鉄鍋は、鍋底にゴルフボールほどの「ダム」と呼ばれる窪みがあり、ここが脂溜まりとなる。仲居は、親指ほどもある数個の脂身を焼き溶かしてから、胸肉、モモ肉、挽肉の団子などを並べていく。水分が多く脂が跳ねるレバーには上からピーマンを被せた。備長炭でジイジイと焼きながら、おろし醤油につけて熱々を次々と口に放り込んだ。好みの薬味は一味と山椒である。備長炭の焜炉は火加減の調節が出来ないが故に、たまに鴨の脂がエプロンに飛び散るのは御愛嬌であろう。

とくに皮付きのまま厚めに切られた「ダキ」といわれる脂身のついた胸肉は、歯応えもよく唸るほどの美味さである。冷酒は吟醸の「菊正宗」を合わせた。ダムに溜まった鴨の脂で、椎茸や春菊を揚げて賞味する。ジイジイ、ジュウジュウと、連れと無言のまま食べ尽くして、合鴨を一人前(二千百円)追加した。実は二人前を注文したのだが、件の仲居に多過ぎると止められた。すぐに胸肉とモモ肉がのせられた皿と、たっぷりの大根おろしが盛られた器が運ばれる。

締めのご飯は、白飯、鶏そぼろ飯、炒飯からの選択となる。迷わず「鶏そぼろ飯」を頼んだ。店の女将が京都で習い東京風にアレンジした手作りの「鶏そぼろ」は、さっぱりとした味わいで大変美味しく感じられた。デザートは二粒の苺であった。

「鳥安」の「あひ鴨一品」料理は、「若あひ」と呼ばれる合鴨の「胸肉(ダキ)」を、特製の鉄鍋に脂を溶かして焼き上げ、おろし醤油で賞味するシンプルな料理である。しかしその味わいは、どんな鴨料理も凌駕した「天下一品」のものと私には思えた。帰り道、火照った体に吹き過ぎる大川端の風が心地良い。

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(そば会席) 翁

 そば会席 「翁」 ☆☆☆☆

(2009年7月)

ここ「翁」に来るのは三度目となる。まれにしか訪れない客だが、本日はお世話になった方を同行して訪問となった。ここの中島料理長の作る料理は、めっぽう美味い。特に〆にでる「さらしな蕎麦」の味わいは、まこと比類なきものだ。開店の六時に店に入ると既に二組の先客が居り、商売はご繁盛の様子である。本日は二万五千円の料理を予約しておいた。まずはご当地エビスビールで喉を潤し、冷酒は八重垣酒造特注の角樽酒(二合入り)を、料理に合わせて二人で一升ほども嗜んだ。

本日供された料理はつぎのとおりだ。

(お通し)「茄子の煮浸し ちりめんじゃこ」

(八 寸)「白烏賊 真子カレイ 帆立貝柱 穴子 鯵」

(造 り)「鱧 車海老 鮑、(梅肉と煎り酒)」

(焼き物)「赤ムツ(ノドグロ)」

(箸休め)「芋茎のお浸し」

( 椀 )「早松のスープ」

(食 事)「さらしな蕎麦」

追加の「さらしな蕎麦」一枚

追加の甘味「蕨餅」(三千円)

 さらしな蕎麦の美味さに思わず二人で蕎麦を一枚ずつ追加した。別注となる甘味は、相方は「葛切り」(三千円)を私は「蕨餅」を頼んだ。六時半から顔出しされた堀井女将も配膳や説明などに精を出されていた。蘊蓄のある御方だとは思うのだが、念の入った女将の説明は、私達には煩わしく感じられた。当日の勘定は二人で酒代を入れて八万四千百円である。「翁」の料理はめっぽう美味しいが、勘定もめっぽう高い「日本料理も供する蕎麦屋」である。

(以下は従前のレビューである。)

 蕎麦は好物の一つである。仕事帰り小腹がすいたとき、馴染みの店で酒をひっかけ蕎麦を手繰るのは、日常の楽しいひと時である。恵比寿に「蕎麦が名物の日本料理店」があると聞いた。予約した土曜日、非日常の夕餉は、そば会席「翁」を訪問してみた。

 恵比寿の駅で降りたって、風吹く鈍色の街を五分ほど歩いていくと、八代目松之助と添え書きされた「翁」の看板を見つけることができる。開店時間の六時を待って暖簾を潜った。建物地階にある料理店は、テーブルと掘り炬燵式の個室が三部屋、四人掛けのテーブル席が三卓と六席ほどのカウンター席がある。内装は非常にモダンな日本風の設えで、落ち着いてのんびりと食事が出来そうな雰囲気である。連れと四人掛けのテーブル席へと案内された。

 コースのみで料理を提供するこの料理店は品書きなど無いようで、初老の女将が一万五千円、二万円、二万五千円というコース価格のみを提示された。コース料理の差異を尋ねると、女将は野暮な物言いという様相で「お出しする魚が違います。」との一言である。ここは迷わずに二万五千円のコースを注文した。締めの蕎麦は定番の「さらしな」と「もり」を貰うことにする。先ずはエビスビールで喉を潤し料理が運ばれるのを待った。

 本日供された料理はつぎのとおりだ。

 「茄子の煮浸し」

(旬のサファイア茄子を、濃口醤油と砂糖などを混ぜて寝かした「返し」と、鰹節から取った「だし」をベースに味付けしてある。他の料理も「返し」が味付けの基本となるようだ。)

 「春子鯛、墨烏賊、鮃のエンガワ」

(二切れの春子鯛には、蕨の根元を叩いたものと生山葵がのる。紫蘇の一葉に盛られた墨烏賊は梅肉と和えてある。鮃のエンガワはヅケにて供された。極上の肴に、温燗徳利と翁特製の「ぐいのみ」が運ばれた。日本酒は兵庫県八重垣酒造の純米である。大ぶりの杯で含む御酒は格段のものに感じられる。)

 「鬼水雲(おにもずく)」

(富山産の鬼水雲は、太くて歯応えが心地良い。添えられた自然薯は、食感を出すために摩り下ろさず微塵切りにされていた。冷酒(樽酒)を頼むと、小洒落た角樽と小枡、小皿に盛られた塩が運ばれた。「おきな」と焼印された小枡は八十歳の職人が作ったものだという。)

 「車海老 真高鮑」

(「日本一の車海老です。」と女将が供した二匹の海老は、さっと茹でられた色も鮮やかな逸品だ。中心部は生のままで旨味と甘味が特出している。真高鮑は「つゆ」を満たした容器で殻ごと蒸し上げている。その身は軟らかく驚くほど美味である。)

 「フカヒレスープ」

(金華ハムなども使った本格的なスープだ。「返し」の風味に、どこか懐かしさを覚える味だ。)

 「生湯葉と紫海胆」

(この料理店の素材は、どれも厳選されたものばかりだ。この料理も美味である。)

 「さらしな」

(手打ちされ、茹で上げられたばかりの更科蕎麦が運ばれる。純白な「さらしな」の数本を口に入れると上品な蕎麦の香りが広がる。少しばかりを秘伝の「つゆ」につけて、そっとすすり込んだ。「つゆ」はすっきりと奥深い甘口に感じられた。絶妙なコシの更科蕎麦を連れと無言で手繰った。美味すぎる。あまりの美味しさに鳥肌が立った。「翁のさらしな」は一番の蕎麦と私の心に刻まれた。)

 「もり」

(ほどよいコシと艶の田舎蕎麦である。薬味は辛味大根である。これも美味しい蕎麦だ。)

 コースに甘味が付いてないので、「蕨餅」(三千円)と「葛切り」(三千円)を追加し、連れとシェアして味見した。「蕨餅」は、丹波黒豆の黄粉が、本物の蕨粉から作られた蕨餅に塗してある。蕎麦粉も入った「葛切り」は、和三盆を煮詰めた蜜で味わう。私には新橋『京味』の甘味と優劣が付け難いほどの逸品に思えた。

 女将の接客は一部の噂とは違い、誠に親切で丁寧なものである。配膳しながら、熱心に料理の説明をされる小柄な女将からは、『総本家 更科堀井』八代目直系としての誇りが沸々と感じられた。

 独立後、時代に対応させた蕎麦店を、別格の高級店として差別化した経営の手腕は、八代目松之助氏の血筋が為せる業である。

非日常性の感動を求めて訪れた日本料理店「翁」の夕餉とは、一流和食店も凌駕するような、一点の妥協もない「そば会席」の夕餉である。

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