2009歌舞伎座さよなら公演 十二月大歌舞伎(昼の部) 操り三番叟 野崎村 身代座禅 大江戸りびんぐでっど
2009歌舞伎座さよなら公演 十二月大歌舞伎(昼の部) 操り三番叟 野崎村 身代座禅 大江戸りびんぐでっど
十二月下旬に湯河原に引越すことになった。相変わらず歌舞伎は毎月見には行っているのだが、近頃は公私ともに慌ただしく、ブログを書く気になれない。しかしながら、十二月大歌舞伎の「大江戸りびんぐでっど」は酷かった。「歌舞伎(かぶき)」とは「傾く(かぶき)」かもしれないが、この退屈な芝居は我慢の限界を越えていると感じた。連れが歌舞伎座、十二月大歌舞伎を評論してくれたので掲載する。以下は連れ(KEI)のレビューである。
「歌舞伎座 さよなら公演 十二月大歌舞伎」の初日の昼の部を観劇した。
「操り三番叟」では、久々に凛々しい獅童丈の姿を見ることができた。最近では映画で見る事が多かったような気がするが、翁を演じている方が柔らかい雰囲気が出ていて好感が持てた。勘太郎丈の動きも見事で、若さの賜物というものがあった。結婚も決まり、今、一番のっているように思えた。
「野崎村」では、何と言っても福助丈の可愛らしさ、いじらしさが際立っていた。来年50歳とは思えぬほど愛らしいしぐさが出来るのは彼ならではだろう。孝太郎丈はしぐさは可愛らしく見えたのだが、顔がどうも女形は合っていないようで気になって仕方なかった。父の仁左衛門丈はどんな役でもこなしてしまう素晴らしい歌舞伎役者なのに残念だ。
「身替座禅」は、以前仁左衛門丈が演じたのを観たことがあり、素晴らしかったので、今回は見劣りするのではと危惧していたが、勘三郎丈の殿様もなかなか良かった。三津五郎丈の山の神がそれを支えていたようにも思う。染五郎丈の太郎冠者もはまっていたので、大変楽しく観ることができた。
「大江戸りびんぐでっど」は、宮藤官九朗氏が初めて歌舞伎を手掛けたものだ。筋書きにもあらすじが書かれていないので不思議に思っていたのだが、あれでは書けない?書き辛いだろう。新島で「くさや作り」を生業とする男女が主人公なのだが、ストーリーは、はちゃめちゃでまとめるのが難しい。歌舞伎も結構、筋が通らないような物語もあるのだが、質が違う。ゾンビを出したのは、最近マイケル・ジャクソン氏が亡くなったので使ったようにも思える。スリラーのダンスを真似て、小学生か中学生の学芸会のような踊りもしていた。
「トゥース」「かっわいいー」等の流行語なども取り入れて、笑いをとっていた。こういうのは他の歌舞伎でも取り入れたりしているので気にはならなかったが、勘太郎丈に大人の玩具を持たせ「好感度が下がる」と言って投げ捨てさせたり、女郎が男性に跨って腰を振ったりという下ネタはやり過ぎている。この日はいなかったが、学生が団体で入ることもある歌舞伎座ですることとは思えない。吉本興業でやるのならわかるのだが、いかがなものか。
前半の途中で一階前席のご婦人のグループが席を立ったのもわかる。前半はまだ我慢できたが、後半に入ると、だらだらと意味があるのか?と思うような展開となり、つまらなかった。獅童丈もコスプレが好きなようだが、よくあのような役を引き受けたものだと…。染五郎丈は、あらすじの説明も含めた長台詞をよく覚えたものだと感心した。官九朗氏が賛否両論あると前もって言い訳しているのもどうなのだろう?さよなら公演を楽しみにして来ている客に対して、松竹は何を考えているのか理解に苦しむ。どうせだったら「灰被姫」を演ってくれた方がよっぽど嬉しいと思う。
KEI
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