2009歌舞伎座さよなら公演 十二月大歌舞伎(昼の部) 操り三番叟 野崎村 身代座禅 大江戸りびんぐでっど

2009歌舞伎座さよなら公演 十二月大歌舞伎(昼の部) 操り三番叟 野崎村 身代座禅 大江戸りびんぐでっど

十二月下旬に湯河原に引越すことになった。相変わらず歌舞伎は毎月見には行っているのだが、近頃は公私ともに慌ただしく、ブログを書く気になれない。しかしながら、十二月大歌舞伎の「大江戸りびんぐでっど」は酷かった。「歌舞伎(かぶき)」とは「傾く(かぶき)」かもしれないが、この退屈な芝居は我慢の限界を越えていると感じた。連れが歌舞伎座、十二月大歌舞伎を評論してくれたので掲載する。以下は連れ(KEI)のレビューである。

「歌舞伎座 さよなら公演 十二月大歌舞伎」の初日の昼の部を観劇した。
 「操り三番叟」では、久々に凛々しい獅童丈の姿を見ることができた。最近では映画で見る事が多かったような気がするが、翁を演じている方が柔らかい雰囲気が出ていて好感が持てた。勘太郎丈の動きも見事で、若さの賜物というものがあった。結婚も決まり、今、一番のっているように思えた。
 「野崎村」では、何と言っても福助丈の可愛らしさ、いじらしさが際立っていた。来年50歳とは思えぬほど愛らしいしぐさが出来るのは彼ならではだろう。孝太郎丈はしぐさは可愛らしく見えたのだが、顔がどうも女形は合っていないようで気になって仕方なかった。父の仁左衛門丈はどんな役でもこなしてしまう素晴らしい歌舞伎役者なのに残念だ。
 「身替座禅」は、以前仁左衛門丈が演じたのを観たことがあり、素晴らしかったので、今回は見劣りするのではと危惧していたが、勘三郎丈の殿様もなかなか良かった。三津五郎丈の山の神がそれを支えていたようにも思う。染五郎丈の太郎冠者もはまっていたので、大変楽しく観ることができた。
 「大江戸りびんぐでっど」は、宮藤官九朗氏が初めて歌舞伎を手掛けたものだ。筋書きにもあらすじが書かれていないので不思議に思っていたのだが、あれでは書けない?書き辛いだろう。新島で「くさや作り」を生業とする男女が主人公なのだが、ストーリーは、はちゃめちゃでまとめるのが難しい。歌舞伎も結構、筋が通らないような物語もあるのだが、質が違う。ゾンビを出したのは、最近マイケル・ジャクソン氏が亡くなったので使ったようにも思える。スリラーのダンスを真似て、小学生か中学生の学芸会のような踊りもしていた。

「トゥース」「かっわいいー」等の流行語なども取り入れて、笑いをとっていた。こういうのは他の歌舞伎でも取り入れたりしているので気にはならなかったが、勘太郎丈に大人の玩具を持たせ「好感度が下がる」と言って投げ捨てさせたり、女郎が男性に跨って腰を振ったりという下ネタはやり過ぎている。この日はいなかったが、学生が団体で入ることもある歌舞伎座ですることとは思えない。吉本興業でやるのならわかるのだが、いかがなものか。

前半の途中で一階前席のご婦人のグループが席を立ったのもわかる。前半はまだ我慢できたが、後半に入ると、だらだらと意味があるのか?と思うような展開となり、つまらなかった。獅童丈もコスプレが好きなようだが、よくあのような役を引き受けたものだと。染五郎丈は、あらすじの説明も含めた長台詞をよく覚えたものだと感心した。官九朗氏が賛否両論あると前もって言い訳しているのもどうなのだろう?さよなら公演を楽しみにして来ている客に対して、松竹は何を考えているのか理解に苦しむ。どうせだったら「灰被姫」を演ってくれた方がよっぽど嬉しいと思う。
                                 KEI

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2009 歌舞伎座さよなら公演 八月大歌舞伎(第二部) 真景累ヶ淵 船弁慶

2009 歌舞伎座さよなら公演 八月大歌舞伎(第二部) 真景累ヶ淵 船弁慶

歌舞伎座さよなら公演 八月大歌舞伎(第二部)の演目は「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」、「船弁慶(ふなべんけい)」の二題が上演された。連れと二人、八月下旬に西桟敷の前席にて観劇した。この演目二題のうち、特に印象的であった「真景累ヶ淵」につき感想を記す。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイト「歌舞伎美人」公演情報みどころより【引用補足】したものである。

「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)豊志賀の死」【富本節の師匠豊志賀(中村福助)は、歳の離れた弟子の新吉(中村勘太郎)と深い仲になりましたが、顔に腫れ物が出来る病にかかってしまいます。豊志賀は新吉と若い娘お久(中村梅枝)の仲を勘ぐって嫉妬に狂い、病は重くなるばかり。新吉はそんな豊志賀を看病しています。

ある日、豊志賀を寝つかせた新吉がふと表に出ると、お久が通りかかるので、二人は連れ立って下谷の寿司屋に出かけます。看病に疲れた新吉と、継母から逃れたいお久は共に逃げようと決意しますが、その時、豊志賀の声が聞こえ、新吉はお久を残して池之端に住む叔父、勘蔵(坂東彌十郎)の家へと逃げ込みます。新吉は勘蔵に諭されて師匠の家に戻ることを誓いますが、その時、家の奥から豊志賀が現れます。青ざめる新吉のもとに噺家のさん蝶(中村勘三郎)が駆け込んできます。聞けば豊志賀が死んだとのこと。新吉が豊志賀を起こしに行くと、奥の部屋に豊志賀の姿はありませんでした・・・】

演目は、三遊亭円朝の代表作、長編の怪談噺「真景累ヶ淵」から「豊志賀の死」のくだりだけを、歌舞伎仕立てにしたものである。この怪談噺の根底に流れるものとは、「親の因果が子に報い」という、前世や過去の悪業の報いとして現在の不幸があるという仏教的な考えである。「宗悦殺し」から「明神山の仇討」までの全九編の内容は、私には身の毛が弥立つような怖い話であり、「豊志賀の死」はその三つめの話だ。

当時、優越的であった文明開化を皮肉って、枕詞で「文明開化の今、幽霊はいない、神経病で御座います。」と「真景」の文字と「神経」を掛け合わせたのは円朝ならではの洒落である。そして切り取った「豊志賀の死」を歌舞伎として成り立たせるために、その内容は名作である怪談噺「真景累ヶ淵」の本筋とは、かけ離れた芝居となっている。

実は豊志賀の父である金貸しの鍼医・皆川宗悦を斬殺したのは、新吉の父の旗本・深見新左衛門であり、二人はそれを知らずに深い仲になる。はじめは三十九歳の女盛り豊志賀が、出入りの煙草屋、二十一歳の新吉を誑し込んだのであろうが、結局、愛憎の泥濘にのめり込んでしまったのは豊志賀の方であった。

中村福助丈は「人間にとって一番辛いのは見捨てられてしまうことではないでしょうか。豊志賀は新吉に捨てられるのではと気に病んでおかしくなってしまいます。」と述べられ、情夫の新吉によって身も心も骨抜きにされた、豊志賀の姿を極めてあざやかに演じられた。

〈第一場 七軒町豊志賀内の場〉では、顔の悪瘡で毛も抜けて寝付いてしまった豊志賀(福助)が、新吉(勘太郎)の体を弄る場面がある。その豊志賀の左手指先の動きからは、入り混じった愛憎や嫉妬、焦燥の念がひしひしと伝わって、いじらしい哀れな女の姿に映った。

残念であったのは、福助(豊志賀)の奥深い名演には釣り合わない、勘太郎(新吉)の凡庸な演技である。中村勘太郎丈は新吉を臆病者の男としてデフォルメして演じて、舞台上では、豊志賀の姿を殊更に怖がってみせて、コメディーの如く観客の笑いを度々誘っていた。しかし怪談噺「真景累ヶ淵」の新吉とは、豊志賀を見捨てた後に、お久、名主、甚蔵、お賎など四名を惨殺し、夫婦となって生まれた赤子も煮え湯をかけて殺した上、女房・お累を自害させ、最後は自刃して果てるような、呪われた残虐非道な男である。私は中村勘太郎(新吉)の上面だけの薄っぺらな演技に半ば呆れた。歌舞伎とは役者の芸を観て、その役柄を楽しむものらしいが、あの片岡仁左衛門丈ならば新吉役をどのように演じてくれるのかと、ふと思った。

豊志賀は「たとえこのまま死ねばとて、この怨は新吉の身体に纏わって、この後女房を持てば七人まではきっと取殺すからそう思え」と書置きを残して悲嘆のうちに悶死する。まこと怖ろしく哀れな怪談噺である。

「船弁慶(ふなべんけい)」【海路で西国を目指す源義経(中村福助)が、家臣(尾上松也、坂東巳之助、坂東新悟、中村隼人)らを引き連れ大物捕にやって来ると、それを迎えた武蔵坊弁慶(中村橋之助)は、義経に同道してきた静御前(中村勘三郎)を都へ帰すよう進言します。義経はこれを受け入れ、静御前を召し出して、門出に今様を舞わせて別れを惜しみます。

舟出の時刻となり、舟長三保太夫(坂東三津五郎)と、舟子(市川高麗蔵、片岡亀蔵)たちが舟を漕ぎ出して舟唄を賑やかに唄います。ところが俄に海は大荒れとなり、舟をおびやかします。やがて海上に平知盛の霊(中村勘三郎)が出現し、義経主従に襲いかかりますが、弁慶が一心不乱に祈ると、さしもの亡霊も姿を消すのでした。】

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2009 新橋演舞場 八月歌舞伎公演 石川五右衛門

2009 新橋演舞場 八月歌舞伎公演 石川五右衛門

 市川海老蔵丈とは無比の野心家である。漫画原作者の樹林伸氏に執筆を依頼して、新作歌舞伎「石川五右衛門」を誕生させた。振付と演出は、二十代の八世 藤間勘十郎氏である。期待に胸をふくらませ、八月中旬に右の桟敷前席にて観劇した。

 幕が開くと、芝居はいきなり「三條河原釜煎りの場」から始まった。石川五右衛門(市川海老蔵)と木村常陸介(市川新蔵)の両名を文楽人形に見立て、数名の黒衣(くろご)がついた人形振りで演出してみせ、まずは観客の度肝を抜いた。今後の芝居の展開が、わくわくするような発端となった。

 序幕、時はさかのぼり「伊賀山中の場」となる。行き倒れた五右衛門は、霧隠才蔵(市川右近)や伊賀の頭目百地三太夫(市川猿弥)に助けられ、やがて忍術の修行に励む。鮮やかな色に染まった紅葉の山中で演じる立回りからは、小気味よい迫力を感じた。季節は移ろい目前で舞台は冬景色に変わる。すっかりと腕を上げた五右衛門は降りしきる雪のなかで霧隠才蔵との勝負を、斬新なスローモーションで演じて見せた。切れの良い演技を見せる市川右近丈は、胸がすくような格好良い役者である。五右衛門は、三太夫から譲られた伊賀の頭目の座を「天下狙うは馬鹿馬鹿しい、秀吉に一泡吹かせてやるのだ。真っ平ごめん。」と言い放って京の都へと向かう。

 二幕目、春爛漫の「洛中聚楽第広庭の場」は、桜と山吹の花が今を盛りと咲き誇る舞台で舞踊の場となる。舞台上では秋から冬そして春へ、美しい日本の四季の移ろいが展開され、まこと心憎い舞台の構成にも思える。満開の桜の花を愛でながら、彩な着物を身に纏った、お茶々(中村七之助)が一人で華麗に舞い踊る。妖しい美しさを湛えた中村七之助丈演ずる茶々は、女性を超越した女方の上品な美しさを見せた。やがてスッポン口から男振りがいい海老蔵(五右衛門)が出現して二人で連れ舞となる。桜の花びらが乱れ散る中で幻想的な舞踊が終わると、お茶々を一人残して五右衛門は再びスッポン口から退場した。

 三幕目第一場「聚楽第お茶々寝所の場」、寝所には逢い引きする五右衛門とお茶々二人の姿がある。大盗賊の石川五右衛門、親の仇である秀吉の側室となった茶々、互いに天涯孤独の二人は恋に落ちる。「初めて知ったる恋心」と五右衛門は、親の形見である銀煙管を茶々に預けて二人は結ばれ、お茶々は五右衛門の子を懐胎する。お茶々の見舞いのために馳せ参じた前田利家役の片岡市蔵丈は相変わらず燻し銀の演技を見せる。先月、歌舞伎座で上演された「夏祭浪花鏡」の舅三河屋義平次役と同様に、いつも舌を巻くほどの上手い役者である。やがて世継ぎが出来たことを喜んだ豊臣秀吉(市川團十郎)が現れるが、引け目のあるお茶々は気もそぞろである。秀吉は茶々の敷物の下に隠された銀の煙管を見つけ何かを悟るのだが、これが後の話の大きな伏線となった。

三幕目第二場「南禅寺山門楼上内陣の場」、南禅寺において秀吉と五右衛門はついに対面を果たすことになる。五右衛門は秀吉に一泡吹かせようと、「真砂の種は尽きるとも、種を明かしてやろうかと・・・世継ぎを望む秀吉に子供を授けたのはこの俺だ・・」とこれまでのいきさつを暴露する。しかしなにやら自信ありげな秀吉は微動だにせず、まこと驚きの台詞を返した。「熱病に侵され子種が無い・・・とうに私は知っていた。二十歳の時、大明国将軍の宋卿の娘と交わって、母に銀の煙管を残したる、そなたの父はこのわしだ・・」歌舞伎の演目は、醒めて観ると辛くなるような、支離滅裂な話が多いのだが、あまりに奇想天外などんでん返しの見せ場に、場内のあちこちから失笑さえおきた。五右衛門は我が身と引き替えに、茶々と子供の命を助けることを秀吉に約束させて二人は別れる。市川團十郎丈演ずる秀吉は、ましら(猿)のイメージなど一切ない、貫禄ある天下人に映った。

 三幕目第三場「南禅寺山門の場」、石川五右衛門が、銀の煙管片手に大見得をきる有名な「楼門五三桐」の一場面となる。『絶景かな、絶景かな。春の眺めは価千金とは、小せえ、小せえ、この五右衛門の目から見れば、価万両、万万両。日も西山に傾きて、雲とたなびく桜花、あかね輝くこの風情、はて麗かな眺めじゃなあ。』

 大詰第一場「破れ寺の場」、南禅寺の追手から、暗い荒れ寺に無事落ち延びてきた五右衛門がいる。親子の名乗りをしても離れ離れとなった、対照的に生きる秀吉と五右衛門であった。父秀吉に対する子供の情愛から五右衛門は、悪を重ねて大悪人になった五右衛門を捕らえれば、父秀吉は世間から名君と言われるであろうと考える。

突然に舞台が明るくなり川面を跳ねる金の鯱が現れ、五右衛門と金の鯱の組み打ちの大場面となる。途中には金の鯱を捕らえての宙乗りも見せた。格闘の末、五右衛門は大阪城天守閣に上げられた金鯱(金のしゃちほこ)を奪いに、大阪城へと向かう。幕切れは市川家に伝わる飛六方で花道の引っこみ芸を演じて場内を沸かせた。息もつかせぬ大詰第一場である。

 大薩摩節の語りで始まる、大詰第二場「大阪城天守閣大屋根の場」は、警護の透きにつけこみ天守大屋根に登った五右衛門の姿がある。大勢の捕り方に囲まれた五右衛門は、妖術分身の術を使い、大煙管を槍に見立てた十人の五右衛門を登場させ、ユニークな発想の大立回りとなる。やがて金鯱を担いだ五右衛門が、「盗った、盗った」とスッポン口から出現する。最後は天守大屋根から金鯱を投げ捨てて、捕り方に補縛されてしまう五右衛門であった。

 大詰第三場「三條河原釜煎りの場」、五右衛門の思惑通り秀吉は名君となった。『石川や 浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の 種はつきまじ』と辞世の句を残して、五右衛門は煮え滾る釜に飛び込む。暫くすると釜が二つに割れて、中より大きな葛籠が宙を舞った。秀吉は息子五右衛門を助けるために、釜の中に葛籠を潜ませておいたのである。突然ライトアップされた花道の上の中天には、大きな葛籠を背負った五右衛門の姿があった。「親爺はとうに悟っていたか・・葛籠背負ったが可笑しいか・・馬鹿め」と言いながら、満開の桜吹雪の中、石川五右衛門は何処に去っていくのである。

世間ではこの作品について、「漫画を歌舞伎にした。」などと言われているが、歌舞伎役者市川海老蔵の権勢(人気と実力)と熱意によって、平成の歌舞伎狂言作者、樹林伸氏が誕生したのだと思える。樹林伸がイメージした奇想天外の新しい五右衛門像は、海老蔵とのコラボレーションにより、実に素晴らしい演目に仕上がったと感じられた。芝居は歌舞伎の様式美がふんだんに取り入れられ、仕掛け物や宙乗りなど外連満載の舞台は、比類ないほど面白くて、この上なく痛快な気分となった。歌舞伎(かぶき)とは、「傾き(かぶき)」である。この作品で「新作の古典」を目指した、天才市川海老蔵丈の目論見は見事に花開いたように思える。

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2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(夜の部) 夏祭浪花鏡 天守物語

2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(夜の部) 夏祭浪花鏡 天守物語

 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(夜の部)の演目は、「夏祭浪花鏡(なつまつりなにわかがみ)」、「天守物語(てんしゅものがたり)」が上演された。七月の中旬に西桟敷前席にて観劇した。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイト「歌舞伎美人」公演情報みどころより【引用補足】したものである。

 「夏祭浪花鏡(なつまつりなにわかがみ)」【泉州の魚売り団七九郎兵衛(市川海老蔵)は喧嘩沙汰から入牢しましたが、女房のお梶(市川笑三郎)の主人筋にあたる玉島兵太夫の尽力で牢から出されます。そして団七は釣船の三婦(市川猿弥)との再会を喜びあい、下剃の三吉(坂東巳之助)の世話で伸び放題の髪や髭を整えます。

 この団七の前に、玉島磯之丞(市川笑也)の恋人琴浦(市川春猿)が悪人に追われて来るので、団七は琴浦を救い出します。続いて一寸徳兵衛(中村獅童)が現れ、琴浦を奪い返そうと団七と喧嘩を始めます。これをお梶が仲裁するところ、徳兵衛はお梶の顔を見て慌てます。それというのも徳兵衛はお梶に大恩があるため。やがてお互いの素性を知った団七と徳兵衛は義兄弟となるのでした。

 一方、誤って人を殺した磯之丞は、三婦(さぶ)の家に匿われていますが、三婦は女房のおつぎ(市川右之助)と共にその落ち延び先について思案しています。ここへ徳兵衛の女房お辰(中村勘太郎)が訪ねて来て、磯之丞を匿おうと申し出ます。美しいお辰を見て三婦は、間違いが起こってはと難色を示しますが、お辰は鉄弓を頬に当て自らの顔に傷を付けます。こうしてお辰は晴れて磯之丞を預かります。

 ところが金に目がくらむ団七の舅三河屋義平次(片岡市蔵)は、おつぎを騙して琴浦をかどわかします。この舅の悪事を知った団七は、その後を追っていき・・・(長町裏で泥にまみれてもみ合った揚げ句、義平次を殺害してしまうのでした。)】

 実際に起こった魚屋の殺人事件を巧みに取り入れた世話浄瑠璃の作品である。「大阪や埃(ほこり)の中の油照り」(青木月斗)・・・舞台からは、脂汗が滲み出るような、大阪のジリジリとした夏日の暑さが伝わってくる。海老蔵の団七、猿弥の三婦、獅童の徳兵衛など、三人が演ずる侠客達の颯爽とした姿が、憧れるほど素敵で、配役の良さが抜きん出ている素晴らしい芝居だと思えた。

だらしなく汚く見えた出獄したばかりの団七が、床屋からでると一転して、目の覚めるような伊達男に変身する。目前で展開する感嘆するほどの変容は、美男・海老蔵ならではの技である。勘太郎演ずるお辰は、火に焼けた鉄弓で己の美顔に焼き傷を付けて、義侠心に富んだ女気を見せ磯之丞を預かる。透けて見えるような、薄い黒い絹織物を纏って登場した勘太郎は、見事なまでに美しい女伊達・お辰を演じた。

 高津神社宵宮の祭囃子が聞こえる長町裏の場は、江戸時代大阪の夏の下町情緒が豊かに感じられた場面である。どこか懐かしい太鼓、笛、鉦などの祭囃子を背景に「殺し場」となる。男の額を傷つけられ、最大の侮辱を受けた団七は、ついに強欲な舅義平次を殺害してしまう。「泥場」での無慈悲でむごたらしく、目を背けてしまう殺人も、人間の心に秘められたサディズムの故か、歌舞伎では様式美豊かに転化される。舞台では、凄惨な殺しの場面がゆっくりと、十三もの見得を交えて妖しく綴られた。市川海老蔵丈(団七)の迫真の演技と激しく渡り合った、片岡市蔵丈(義平次)の燻し銀とも思える演技は大変見事に思える。幕切れとなっても高津神社宵宮の祭囃子が、私の耳の奥で聞こえ続けていた。

 「天守物語(てんしゅものがたり)」【白鷺城の最上階には、この世とは別の世界があり、その異界の主こそ天守夫人の富姫(坂東玉三郎)でした。ある日のこと、富姫が侍女の薄(上村吉弥)と語り合っているところへ、富姫を姉としたう亀姫(中村勘太郎)が舌長姥(市川門之助)、朱の盤坊(中村獅童)を連れて現れます。そして富姫と亀姫主従の宴が始まり、朱の盤坊たちが余興を披露していきます。

 ここへ鷹匠の姫川図書之助(市川海老蔵)が、最上階の様子を窺おうと駆け上がってきます。藩主秘蔵の鷹を逃がした図書之助は、その責を負って切腹するところ、鷹が逃げた天守の最上階に向かえば命を救うと言われたのです。やがて図書之助は立ち去って行きますが、手燭の灯りを消してしまうので、最上階へ戻って来て富姫に火を乞います。すると富姫は最上階に来た証として、藩主秘蔵の兜を図書之助に与えます。

 ところがこの兜から図書之助は賊と疑われ、三度、最上階へ戻って来ます。いつしか図書之助に心奪われた富姫は、喜んでこれを匿いますが、異界の人々の象徴である獅子頭の目を、追っ手の小田原修理(市川猿弥)たちが傷つけるのでふたりは光を失ってしまいます。しかし傷ついた獅子頭に、名工近江之丞桃六(片岡我當)が鑿を入れると、富姫と図書之助は光を取り戻し、手を取り合って喜び合うのでした。】

 昼の部「海神別荘」の台詞回しは難解で、私はよく聞き取ることができなかったが、夜の部「天守物語」は、時代劇であるせいか言葉が理解しやすかったように思える。この芝居の初めから終わりまでが、舞台全体がモノトーンな白鷺城天守閣の最上階で演じられた。花道「すっぽん」のセリが天守内に通じる階段口に見立てられる。

坂東玉三郎丈演ずる天守夫人富姫は、舌を噛んで自害して果てた人妻が、転生した美しい妖怪である。市川海老蔵丈演ずる姫川図書之助は、純真無垢な若き美男の鷹匠である。そんな二人が三回の運命的な出会いによって、妖怪と人間が恋に落ちる話である。「玉三郎、千歳百歳に唯一度、たった一度の恋」と真情を吐露した富姫の姿は、まるでうぶな娘のようにも思え、凛と輝いて美しく見えた。

「此処はどこの細道じゃ」と女童の歌声で始まった演出や舞台効果は斬新で、一貫して幻想的で妖艶な雰囲気で楽しめた。泉鏡花作の二題、面白くなかった昼の部「海神別荘」に比べ、夜の部「天守物語」は見応えのある舞台である。ただ一つ歌舞伎には似合わないカーテンコールには閉口した。スノッブな観客には受けるかもしれないが、一般の観客にはなにか空々しく印象付けられるようである。

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2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(昼の部)五重塔 海神別荘

2009 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(昼の部)五重塔 海神別荘

 歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎(昼の部)は、「五重塔(ごじゅうのとう)」、「海神別荘(かいじんべっそう)」など二題が上演されている。七月の初旬に西桟敷前席にて観劇した。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイト「歌舞伎美人」公演情報みどころを【抜粋引用】したものである。

「五重塔(ごじゅうのとう)」【谷中感応寺で五重塔建立の話が持ち上がり、出入りの大工源太(中村獅童)が女房のお吉(上村吉弥)や弟子の清吉(坂東巳之助)と共に現れて、住職の用人の為右衛門(市川寿猿)と対面します。それというのも源太の弟弟子である十兵衛(中村勘太郎)が、五重塔建立の仕事を任せてほしいと住職に毎日願い出ているため。勝気なお吉は、夫にこの仕事を任せてほしいと思い、しぶる源太を連れて感応寺にやって来たのです。そこへ住職の朗円和尚(片岡市蔵)が戻って来ると、十兵衛が駆け寄ってこの度の大仕事を任せて欲しいと願い出ます。しかし朗円は五重塔建立の仕事は二人で相談をした上で答えを出すようにと諭すのでした。

一方、十兵衛の女房のお浪(市川春猿)は源太夫婦の恩を語って五重塔の仕事を源太に譲るように勧めますが、十兵衛は耳を貸そうとしません。ここへ源太が現れ、十兵衛とふたりで協力しながら、五重塔を建立しようと優しく持ちかけますが・・・】

源太と十兵衛という二人の宮大工の、対照的な性格を対比させた幸田露伴の作品である。百年に一度という五重塔建立の仕事を巡って起こる兄弟弟子の葛藤が、江戸情緒豊かな下町を舞台に描かれていた。

中村獅童丈演ずる源太は、男伊達溢れた良識ある好人物である。中村勘太郎丈演ずる十兵衛は職人気質であるが、己の本懐を遂げるためには、恩に反して親方源太から仕事を奪うことも厭わない、所詮は心根の卑しい男である。

対立する二人に朗円和尚は、お互いに譲り合い協力することの大切さを諭した。親方の源太は十兵衛に「ふたりで五重塔を建立しようではないか」と譲歩するのだが、十兵衛はまったく応じようとはしない。思い余った源太は五重塔建立の一件を朗円和尚に一任する。     

朗円は普請一切を十兵衛に任せることに決め、源太には十兵衛の陰となり助けてやるよう指示を与える。その後の様々な源太の心遣いも、十兵衛は「心に嘘はつかれない」とすべて反故にしてしまう。まこと十兵衛とは煮ても焼いても食えない男のように思えた。

しかし中村勘太郎が大工十兵衛を「胸の内は、五重塔を建てたい一心。それゆえ一途で頑固者ですが、どこか憎めないとこのある、かわいい男だと思います。」と解釈されたように、歌舞伎芝居として成り立たせるために、ここでは本筋とは違った愚直な十兵衛像に仕立てられている。中村勘太郎の達者な芸は、台詞の言い回しなど、父中村勘三郎と見紛うほど瓜二つに思えて驚いた。

最後に五重塔の落慶式で朗円和尚が運ばせた制札には、「感応寺生雲塔、江戸の住人十兵衛、これを作り、源太郎これを成す」と記されており、ついに二人は恩讐を越える。中村獅童丈と中村勘太郎丈、市川春猿丈などの熱演に胸を打たれた「五重塔」であった。

「海神別荘(かいじんべっそう)」【遥か海底にある琅玕殿(ろうかんでん)の公子(市川海老蔵)のもとへ、地上の美女(坂東玉三郎)が、公子に仕える女房(市川笑三郎)や黒潮の騎士たちに伴われて、輿入れのために向かっています。公子は博士(市川門之助)や沖の僧都(市川猿弥代役・市川猿三郎)とさまざまに語り合いながらこの様子を眺め、その美しい姿に嘆息するのでした。

まもなく美女が宮殿に到着し、公子は美女と対面するとやさしい言葉をかけて、桃の露と呼ばれる美酒でもてなします。世にも稀なる美酒で喉を潤した美女は、公子にその幸福感を語るものの、いつまでも地上の未練を訴えます。すると公子はもはや美女が人間でないことを明かし、美しい蛇になったと告げます。

 この話を聞いた美女は深く悲しむので、公子は次第に怒りを顕わにし、ついには臣下に命じて美女を斬ろうとします。すると美女は、できるなら公子の手にかかって死にたいと切望し、公子もためらうことなく美女に剣を向けます。ところがその刹那の公子の表情を見て、美女はようやく心を通わせ、公子の腕に抱かれるのでした。】

 海底という疎遠で幻想的な世界を舞台にした、泉鏡花の戯曲である。感性とはそもそも曖昧なものだと思うのだが、私には実につまらない芝居であった。頻繁に歌舞伎を見ていると、時々勘違いしたようなこんな演目にぶち当たってしまう。まして玉三郎、海老蔵という歌舞伎の二枚看板の芝居だから、なおさら始末が悪い。

 この難解な泉鏡花の戯曲について、的を射た批評を見つけたので、岩波文庫 夜叉が池・天守物語に澁澤龍彦氏が書かれている解説より【抜粋引用】する。【おしなべて妖怪の出てくる鏡花の戯曲には、そのモティーフにおいても構成においても、きわめてよく似たところが見出されるように思われる。それはまず第一に、妖怪はかならず水に縁があるということ、そしてその水は、俗世間の人間一般に対しては、しばしば洪水のような破滅的な作用をおよぼすけれども、逆に選ばれた人間に対しては、彼らが人間性を捨て、妖怪とともに新たな生を生きるための、恩寵的なエレメントとしての役割をはたすということだ。・・・・・

  元来、人間を徹底的に軽蔑しているはずの化けものが、人間の娘に「嫉しい」「羨しい」という感情をいだくほど、ひけめを感じているということに注意していただきたい。妖怪に羨望の念をいだかせる人間こそ、真に選ばれた人間といいうるだろう。しかしまた、逆に考えれば、こうして選ばれた人間は、最後には恩寵的な水のエレメントに浴して、妖怪の仲間になってしまうという宿命をまぬがれない。・・・・・

  たとえば海底の琅玕殿に輿入れしてきた人間の美女は、「海底別荘」の公子から人間性を捨てることを要求される。ひたすら恋に生きるために、親子の情愛さえ捨てることを要求される。つまり人間性を捨てて妖怪になることを、あからさまに求められるのだ。「勝手な情愛だね。人間の、そんな情愛は私には分らん」と公子は頭をふるのだ。奇妙なイニシエーションというべきであろう。倫理というよりも、すでにここには純粋への欲求といったものしか見られないような気がする。おそらく鏡花が終局的にめざすのは、こうした倫理の彼岸なのである。】

 舞台は豪奢で幻想的であり、衣装も目を奪われる美しさがあった。演出に関しても見事で、舞台効果もすばらしいとは思うのだが、歌舞伎というよりはオペラの方が合っているように思えて仕方ない。しかしながら、どんな高尚な作品かは知らないが、私には、この芝居は本当につまらないものでしかなかった。ましてやカーテンコールを強要するなど愚の骨頂にも思える。本来、観客を楽しませ夢を与えるはずの役者達が、芸術家気取りで、高みから独り善がりの芝居を演じていて良いはずもない。「海底別荘」は歌舞伎演目にはそぐわない作品に思えた。

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2009 歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎(昼の部)  蝶の道行 女殺油地獄

 2009 歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎(昼の部) 蝶の道行  女殺油地獄

 歌舞伎座さよなら公演 六月大歌舞伎(昼の部)の演目は、「蝶の道行(ちょうのみちゆき)」、「女殺油地獄(おんなごろしあぶらじごく)」など四題が上演された。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイト「歌舞伎美人」公演情報みどころを【引用〈補足〉】したものである。

「蝶の道行(ちょうのみちゆき)」【春の野辺に助国(中村梅玉)と小槇(中村福助)が姿を現します。この世で結ばれることのなかった二人は、蝶の姿となって戯れ遊びますが、地獄の責めに遭い、その羽ばたきを止めるのでした。】

お家騒動の果てに、姫君の身代わりに首を打たれた小槇と、愛する小槇の跡を追って自刃した助国。相思相愛であった二人が冥途で一組の蝶となって、めぐりめぐって出あう義太夫舞踊である。

「世の中は夢か現かありてなき蝶となりしが」 紫陽花や牡丹が咲き乱れる花園を背景に、艶やかな対の衣装を纏った二人が激しく夢中に、見惚れるほどに舞踊る。

「修羅の迎いはたちまちに、狂い乱るる地獄の責め」 刹那の快楽に酔っても、やがて蝶の命はむなしく消え去ってしまう。踊り狂った末、折り重なって息絶えて幕切れとなる。中村福助丈と中村梅玉丈の名優二人、その姿はまこと人生の悲哀を感じさせ、三十分間の熱演は心を打った。私は中村福助という当代一の女方と出あえたことを幸せに思う。

 「女殺油地獄(おんなごろしあぶらじごく)」【河内屋の放蕩息子与兵衛(片岡仁左衛門)は、馴染みの芸者小菊(片岡秀太郎)の客に喧嘩を売ろうと、善兵衛(市川右之助)や弥五郎(片岡市蔵)と共に待ち構えています。一方、豊嶋屋のお吉(片岡孝太郎)は、娘お光(片岡千之助)とその場に居合わせ、与兵衛に意見します。やがて喧嘩が始まり、与兵衛は侍の小栗八弥(坂東新悟)に無礼を働きます。与兵衛の叔父山本森右衛門(坂東彌十郎)は、甥を成敗しょうとしますが、八弥がこれを止めます。そしてお吉が、与兵衛の衣服の乱れを直すところ、夫の七左衛門(中村梅玉)がやって来て、妻の振る舞いをたしなめるのでした。その後、与兵衛の行状が継父の徳兵衛(中村歌六)や兄の太兵衛(大谷友右衛門)にも知られてしまいます。しかし当の与兵衛は妹のおかち(中村梅枝)を利用しての悪巧みを思い付き、これが失敗に終わると、その腹いせに継父と妹を足蹴にします。そこへ母のおさわ(秀太郎)が現われ、与兵衛を叱って家から追い出します。〈その日の夜、借金の返済に追われる与兵衛は、同じ油屋である豊嶋屋に赴き女房お吉から金を借りようとしますが断られ、お吉を殺害してしまうのでした。〉】

 「片岡仁左衛門 一世一代にて相勤め申し候」と銘打った、近松門左衛門作「女殺油地獄」である。一世一代とは一生の仕納めとして、二度と演ずることはないという意である。仁左衛門丈は片岡孝夫であった二十歳の時に、河内屋与兵衛を初演して評判を高めている。

与兵衛とは、弱いくせに虚勢を張り、刹那刹那に生きている人間だ。継父(ままちち)など親の甘やかしの毒にどっぷりと浸かって、結果、酒色に溺れるだけの、救いようもない最悪の男が誕生する。「演ずるにはある程度の生の若さが必要」と六十五歳の仁左衛門丈が言われたのは、二十三歳の与兵衛があまりに刹那主義的な若者だからだと思う。 遊郭の遊び代、二百匁(二十万円)の借金返済に窮した与兵衛は、豊嶋屋に赴き女房お吉から金を借りようとするが断られて、お吉を殺害し、豊嶋屋から三貫匁(三百万円)の金を奪って逃げるという筋書きである。

まず与兵衛はお吉に「いっそ不義になって貸して下され」と色仕掛けで迫るが、断わられてしまう。その背後から感じとれるのは、ぬめぬめとした男女の愛憎だ。色仕掛けがだめだと、与兵衛はお吉を泣き落しにかかる。三人の女の子の母親であるお吉は二十七歳の女盛りである筈なのだが、残念ながら私は、お吉役の孝太郎丈の芸からは、ひとひらの色香さえ感ずることができなかった。

 やがて芝居のクライマックス、豊嶋屋殺しの場面をむかえる。西桟敷前席で観劇していると、下手側の最前列と花道下の客席にスタッフから、油よけのビニールシートが配られた。目前の舞台では与兵衛がお吉に斬りかかり、倒れた油桶からドクドクと油が流れ出る。どす黒く光る油の中で、ぬるぬるとした男女の揉み合いが続く。残虐な殺しの場面である筈なのに、エロチシズムやサディズムを感じ胸がどよめいてしまうのは、与兵衛同様に、人間が隠し持つ不条理や残忍さの仕業なのか。

仁左衛門丈は殺しの場面について「最初は無我夢中、だんだん落ち着いてくると、そのうち今度は楽しみだす。そして最後にお吉が死んでしまうと急に怖くなる。与兵衛というのは非常に多面性のある人物です。」と述べられている。

 お吉を殺害した後、懐に三貫匁の金を詰め込んで七三の花道で見得を切った、油にまみれた仁左衛門の面差しは、生き写しの如く与兵衛を見事に熱演していた。「一世一代」片岡仁左衛門丈の芸の力量は比類なく素晴らしいものであったが、釣り合うことのない、お吉役の孝太郎丈の取柄もない凡庸さが、私にはもの足りなく感じられた芝居である。

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2009 新橋演舞場 六月大歌舞伎 NINAGAWA 十二夜

 2009 新橋演舞場 六月大歌舞伎  NINAGAWA 十二夜

 三月にロンドンで公演された「NINAGAWA 十二夜」が、六月から新橋演舞場で上演されている。シェイクスピアの恋愛喜劇をもとに、蜷川幸雄氏が演出し、新作歌舞伎として仕立てられた演目である。六月中旬に連れと二人、花道側にある左桟敷前席にて観劇した。以下参考のために記した演目筋書きは、製作松竹の十二夜リーフレットより【抜粋引用】したものである。

「NINAGAWA 十二夜」【航海中、嵐に遭い、難破して双子の兄 斯波主膳之助(尾上菊之助)と離ればなれになってしまった琵琶姫(菊之助三役)は、舟長の磯右衛門(市川段四郎)の助けで、男装して獅子丸と名乗り、大篠左大臣(中村錦之助)に小姓として仕えはじめます。

大篠左大臣は、大納言家の織笛姫(中村時蔵)に想いを寄せています。しかし姫は左大臣の愛に見向きもしません。その上左大臣の使者である獅子丸に一目惚れしてしまいます。その獅子丸、すなわち男装の琵琶姫は、ひそかに左大臣を恋い慕っているものの、男の姿ではどうにもなりません。

いっぽう織笛姫の叔父の左大弁洞院鐘道(市川左團次)は、何かと小うるさい家老の丸尾坊太夫(尾上菊五郎)に目の敵にされています。坊太夫が姫に心を寄せていると知った洞院は、恋人の腰元麻阿(市川亀治郎)、右大弁安藤英竹(中村翫雀)らと日ごろの仕返しにと一計を企み、その計画にまんまとはめ、坊太夫は散々な目に遭ってしまいます。

その騒動の最中、嵐の中、海賊に助けられ、九死に一生を得た主膳之助が現れます。獅子丸と瓜ふたつの主膳之助の出現に、織笛姫、大篠左大臣、獅子丸の恋の思惑が絡んで、周囲は大混乱。さて恋の行方は・・】

 幕が開くと舞台奥は全面の鏡張りとなって、鏡に映る観客の姿に、どよめきが起こる。やがてライトアップされると、舞台一杯に咲き乱れる枝垂れ桜の大木の下で、四百年も遡った桃山文化、織豊時代のころ物語は始まる。舞台は随所に歌舞伎本来の様式美を十二分に取り入れたものである。二幕からなる芝居は、一時間二十分の序幕と、一時間二十五分の二幕目からなり、四十分の幕間があった。

 序幕の三十分ほど、私には非常にスローテンポな芝居と感じられ退屈に思えたが、後半はスピード感もあがり、小気味よい展開となった。蜷川氏はロンドンのレセプション挨拶で「イギリスから飛んできたシェイクスピアという種に、日本で水をやって育てたら、歌舞伎という花が咲きました。」と話されたようだが、「十二夜」は、シェイクスピアの喜劇に、四百年間にわたり培った、歌舞伎の伝統的な様式美、演技、演出を纏わせただけのものと感じた。序幕 第二場「紀州灘沖合いの場」では、船上の大嵐の情景を、浪布を用い、廻り舞台の仕組みを、ふんだんに利用して演出されていた。織笛姫邸広庭の場は、朱に塗られた反橋の周りに、美しい数千本の白百合の花を咲かせていた。ロンドンのバービカン劇場では花道は造作出来なかったようだが、それでは歌舞伎本来の醍醐味は半減してしまったと思う。凱旋公演と銘打っていたが、日本でも花道の使い方が今一つのように感じた。

 主演され、三役を演じた尾上菊之助丈は、正に「声よし、顔よし、姿よし」の歌舞伎役者であった。二幕目から芝居を盛り上げた、市川亀治郎丈演ずる麻阿は、新しい歌舞伎の女方と思えた。芝居全体の印象は、原作が恋愛喜劇だけに、まずまず楽しめたが、スタンディングオベーションするような代物ではなかった。「NINAGAWA 十二夜」とは、台詞主体のシェイクスピア演劇と、様式美を重んずる歌舞伎芸術と、折り合いをつけてしまった中途半端な産物にも思える。グローバルな流れの中でも、できる限り歌舞伎の伝統を守り抜いてほしいものだ。

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2009 新橋演舞場五月大歌舞伎(夜の部) 鬼平犯科帳 狐火  於染久松色読売 お染の七役

2009 新橋演舞場五月大歌舞伎(夜の部)鬼平犯科帳 狐火  於染久松色読売 お染の七役

二十年ほど前に中村吉右衛門丈が演ずる「鬼平犯科帳」のテレビ放映が始まり、時代劇ファンの私は、その時間は毎週テレビの前に釘付けとなったものだ。三十代の頃、恥ずかし乍ら、長谷川平蔵になった夢を見たことがある。勿論、吉右衛門演ずる鬼平である。

新橋演舞場 五月大歌舞伎、夜の部では「鬼平犯科帳 狐火」が世話物仕立てで上演された。夜の部は午後四時に開演するのだが、昼前に愛蔵の松竹ホームビデオ「鬼平犯科帳」から第十一話「狐火」を探し出し十年ぶりに鑑賞した。画面からは、セピア色に包まれた懐かしい映像が広がる。往年の中村吉右衛門(長谷川平蔵)と梶芽衣子(密偵おまさ)の演技は、時が流れた現代でも色褪せることなく、比類なく素晴らしい時代劇と感じられた。

以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎公式ウェブサイトの「歌舞伎美人」公演情報みどころより【抜粋引用】したものである。

「鬼平犯科帳 狐火」【江戸市ヶ谷にある薬種問屋で、店の者を皆殺しにした、押し込み強盗事件が起こります。その現場に狐火を描いた札が貼られていたために、狐火勇五郎一味の仕業と考えられましたが、残忍な盗みは勇五郎が最も嫌うものでした。

火付盗賊改方長官の長谷川平蔵(中村吉右衛門)は、かって狐火の一味にいた密偵おまさ(中村芝雀)に事情を尋ね、すでに勇五郎が死んだこと、また勇五郎に又太郎(中村錦之助)、文吉(市川染五郎)という二人の息子がいたことを知り、何か思うところがある様子です。一方、おまさは、勇五郎の片腕であった瀬戸川の源七(中村歌六)の茶店に乗り込み、そこで意外な人物に再会します。おまさと同じく密偵である相模の彦十(市川段四郎)や、小房の粂八(中村歌昇)は、おまさとは別に狐火の一件に探りを入れ・・・。】

 舞台は、今から二百二十年前の晩春、長谷川平蔵が火付盗賊改方長官に就任して二年目、四十四歳のころの話である。嘗て、女賊であったおまさは、勇五郎の息子又太郎と恋仲であったが、掟により別れた過去がある。「狐火」の眼目とは、今は密偵として仕える平蔵と、恋仲であった狐火又太郎の間で揺れ動く、おまさの機微な女心。そして顛末、平蔵の裁きにある。

 他人を信用しない冷徹さを心に秘めながら、人情の機微に通じた苦労人を装い、密偵や配下の者を使い熟していく長谷川平蔵の強かさは、「鬼平犯科帳」最大の魅力である。妾の子供であり若い時は、博打、喧嘩、酒や女など、無頼に明け暮れていた平蔵の不良性は、ドラマでは人間味溢れる、鬼平の魅力として存分に描かれていたのだが、この舞台では万分の一も伝わってこないことに失望した。

 「鬼平犯科帳 狐火」の芝居を観劇して、私は歌舞伎舞台の限界が理解できたような気がした。歌舞伎仕立ての筋書きや、立ち回りなど、すべてが凡庸に感じられたのは、とても残念であった。

 「於染久松色読売(おそめひさまつうきなのよみうり) お染の七役」

 御存知、鶴屋南北作の歌舞伎世話物を、当代随一の女方、成駒屋の中村福助丈が主要人物、七役早替りを見事に演じわける。すなわち七役とは、油屋娘のお染、若衆の久松、奥女中の竹川、老女の貞昌、土手(悪婆)のお六、田舎娘のお光、芸者の小糸である。

 「於染久松色読売 お染の七役」【質店油屋の娘お染(中村福助)と山家屋清兵衛(中村歌昇)の縁談が進められていますが、お染には久松(福助)という言い交わした相手がいます。しかし久松にもお光(福助)という許嫁があり、元は武家の子息ですが、紛失したお家の重宝午王吉光の短刀と折紙の行方を求めて油屋へ丁稚奉公しています。姉の竹川(福助)も久松の身を案じており、質入れしている午王吉光を取り戻す金の工面に土手のお六(福助)を頼ります。

 お六と亭主の鬼門の喜兵衛(市川染五郎)は、油屋で金を騙し取ろうと一計をめぐらしますが、あえなく失敗。一方お染は、久松の子を宿しながらも添い遂げることができないために心中する覚悟で家を抜け出します。そして久松も後を追いますが、ふとしたはずみで喜兵衛を手にかけてしまいます。やっとのことでお染に追いついた久松ですが・・・。】

 早替り七役の趣向は次の順番にて、大南北の素晴らしい芝居を中村福助丈が務められた。その見どころも十分で、大変感動した。

(序幕 第一場・早替り)お染→久松→竹川→小糸→お染→久松

(序幕 第二場・早替り)久松→お染→小糸→竹川

(序幕 第三場)お六

(二幕目 第一場)お六

(二幕目 第二場・早替り)お染→貞昌→お染→久松→お染→久松

(二幕目 第三場・早替り)お染→久松

(大詰・早替り)久松→お染→久松→お光→お染→久松→お六

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2009 歌舞伎座さよなら公演 二月大歌舞伎(昼の部) 菅原伝授手習鑑 京鹿子娘二人道成寺 人情噺文七元結

2009 歌舞伎座さよなら公演 二月大歌舞伎(昼の部)菅原伝授手習鑑  京鹿子娘二人道成寺 人情噺文七元結

歌舞伎座さよなら公演 二月大歌舞伎(昼の部)の演目は、「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」全五段から「加茂堤(かもづつみ)」と「賀の祝(がのいわい)」が、中幕は「京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)」、さらに「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもつとい)」などが上演された。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイトの「歌舞伎美人」公演情報みどころより【抜粋引用】したものである。

 「菅原伝授手習鑑 加茂堤(かもづつみ)」【帝の弟斎世新王の舎人である桜丸(中村橋之助)は、妻の八重(中村福助)の手助けを得て、加茂明神に参詣した斎世新王(市川高麗蔵)と、菅丞相の養女の苅屋姫(中村梅枝)を牛車の中で逢引させます。しかしこれを悟った三善清行(中村松江)が現れるので、桜丸は清行を打ち払います。騒ぎの中親王と苅屋姫は落ち延びて行きます。桜丸は牛車を八重に任せ、二人の後を追うのでした。】

 「菅原伝授手習鑑」は、菅原道真と藤原時平の権力争いに巻き込まれた、下級舎人の三兄弟が犠牲となる悲話。幕が開くと中央には菅丞相(菅原道真)所縁の、梅の花と牛が配置された麗かな鴨川堤の風景である。斎世新王と苅屋姫の逢瀬が原因で謀叛の疑いをかけられた菅丞相は、九州大宰府へ流罪となる。この「加茂堤」は後の展開の伏線となる大切な話である。

桜丸を演じた中村橋之助丈は類まれな品の良さが漂い、その女房八重を演じた中村福助丈は華やかな梅花のような艶麗さが感じられる。この二人には、高貴な御方役の斎世新王や赤姫役の典型である苅屋姫が、消し飛ぶほどの存在感があった。見惚れるほどに美しい八重役の福助丈が、紅梅の花枝で動かぬ牛を追いながら「ええどんくさい」と台詞を決める。段切り「成駒屋」真骨頂の見せ場である。

 「菅原伝授手習鑑 賀の祝(がのいわい)」【佐太村に住む白太夫(市川左團次)の七十を祝う宴に、子息で三つ子の兄弟である松王丸(市川染五郎)と妻の千代(中村芝雀)、梅王丸(尾上松緑)と妻の春(中村扇雀)、そして桜丸と八重が揃うはずでしたが、桜丸だけ姿を見せません。やがて松王丸と梅王丸は喧嘩を始め、三つ子の名前の由来となっている菅丞相の愛樹である桜の木を折ってしまいます。不吉な雰囲気が漂う中、宴も終わると、ひとり悄然とした桜丸が姿を現し・・。】

 舞台は上手に三つ子の名前の由来となった「松、梅、桜」の木を設えて、そこは白太夫の住処である。やがて時平に仕える松王丸と、道真に仕える梅王丸は喧嘩を始める。米俵を用いた諍いは、荒事芸の様式美を見せる。まこと溌剌とした三十代の配役で、二人の油の乗切った演技は見応えがあった。

抜きんでていたのは八重役の福助丈の仕草である。門口柱に凭れながら桜丸を思い、たっぷりと科をつくる。その艶姿に溜息がでた。やがて奥より蒼白の桜丸役の橋之助丈が現れ、菅丞相流罪の責任をとって切腹の場面となる。悲嘆に暮れる「八重の泣き落し」など役者技量が十分に楽しめた舞台である。

中幕の舞踊「京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)」は、幕があくと眼前に全山に桜が満開の道成寺の風景が広がる。長唄連中も桜模様の上下を纏い舞台は春爛漫の姿となる。あの安珍清姫事件から四百年後、梵鐘が復元された春の寺に白拍子姿の清姫の亡霊が現れる。

玉三郎バージョンは二人の白拍子花子が登場する。産経新聞で玉三郎丈は、一人の女を二つの姿で表現することについて「(道成寺には)、愛と怨みがあり、現世と過去世が出てくる。そして、男が女を演(や)る二面性もあります」と述べられている。

まず鳥屋から花道を尾上菊之助丈演ずる花子が登場し、遅れてすっぽん口から坂東玉三郎丈演ずる花子が出現する。影身のように寄り添って、二人で息を合わせて舞い踊る姿は絢爛で豪華だ。花笠をつけた踊りは菊之助丈が踊る。手拭いを用いたクドキは玉三郎丈が踊り、途中から二人となる。鞨鼓を手にした「山づくし」は二人で競い踊った。続いては菊之助丈が手踊りで娘ぶりを見せる。蛇の化身ように、白地模様の着物にだらりの黒帯を纏った二人の花子は、鈴太鼓を使って見事に踊りながら亡霊の本性を現していく。

 人気演目、玉三郎と菊之助の「二人(ににん)道成寺」は豪華な舞台である。大和屋の形や音羽屋の形も互いに譲らず、二人の役者の舞踊を比べてもその優劣はつけかねるように思えた。玉三郎丈と競演した、三十二歳の菊之助丈のチャレンジ精神に敬意を表したい。

 三遊亭円朝の人情噺を劇化した「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもつとい)」は、観客の笑いは誘っていたのだが、私には極めて退屈で凡庸な芝居に思えた。

むしろ幕間に聴いた解説者の話の方が興味深いものがあった。主人公左官の長兵衛(尾上菊五郎)は典型的な江戸っ子である。江戸っ子とは稼いだ金は気前よく使ってしまうもので、大晦日は溜まっていた、あらゆる付け(借金)を取り立てに来る。晦日(つごもり)の語源は都合無理(つごうむり)との説もあるとのこと。この演目も晦日の借金に端を発した人情噺である。「元日や今年も来るぞ大晦日」「江戸っ子の生まれ損ない金を貯め」まこと江戸っ子とは大変なものである。

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2009 歌舞伎座さよなら公演 壽初春大歌舞伎(夜の部) 壽曽我対面 春興鏡獅子 鰯売恋曳網

2009 歌舞伎座さよなら公演 壽初春大歌舞伎(夜の部)壽曽我対面  春興鏡獅子  鰯売恋曳網   

歌舞伎座さよなら公演 一月の壽初春大歌舞伎(夜の部)は、「壽曽我対面(ことぶきそがたいめん)」「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」と、三島歌舞伎「鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)」が上演されていた。以下参考のために記した筋書きは、歌舞伎ウェブサイトの「歌舞伎美人」公演情報みどころより【抜粋引用】したものである。

 「壽曽我対面(ことぶきそがたいめん)」【富士巻狩りの総奉行に任じられた工藤祐経(松本幸四郎)は、祝宴を館で催し、大磯の虎(中村芝雀)、化粧坂少将(尾上菊之助)を始めとした傾城や、家臣の近江小藤太(市川染五郎)、八幡三郎(尾上松緑)ほか、梶原景時(松本錦吾)、梶原景高(片岡亀蔵)親子が集まっています。小林朝比奈の妹舞鶴(中村魁春)は、工藤に会わせたい人がいると二人の若者を呼び寄せます。

実はこの若者は、工藤が討った河津三郎の遺児である曽我十郎(尾上菊五郎)、曽我五郎(中村吉右衛門)兄弟でした。父の仇を晴らそうと五郎は工藤に駆け寄りますが、十郎が止めます。ふたりの様子を見て工藤は、仇討ちより兄弟の養父が紛失した友切丸の探索こそが重要だと説きます。

そこへ兄弟の家臣である鬼王新左衛門(中村梅玉)が駆け付け、行方不明となっていた友切丸を工藤に差し出します。すると工藤は、富士の巻狩りを終えた後で、兄弟に討たれる覚悟を示して別れるのでした。】

初春に曽我狂言が上演されるのは、苦節の後見事に仇討ちを果たし、現人神と称された曽我兄弟を演ずることで、悪鬼を祓おうとした伝承である。解説者はこの時代物狂言を「筋を考えず、正月の置物のようなものだ」と言われた。

まこと筋を考えず、芝居は仇役の幸四郎丈(工藤祐経)が座頭となり、菊五郎丈(十郎)が和事の様式で分別のある兄を演じ、吉右衛門丈(五郎)が荒事の様式で血気にはやる弟を見せる。特に大ぶりな衣裳で「むきみ隈」を取った、五郎役・吉右衛門丈の戦いを挑もうとする勇姿は圧巻に思えた。奥座に「並び大名」十名を配置し、上演された舞台は華やかで素晴らしい一語に尽きる。大詰めは登場した人物達が富士山、鶴亀をかたどって新年らしい縁起のよい幕切れとなる。

 一月歌舞伎座夜の部の主役は中村勘三郎丈であろう。「春興鏡獅子」では、女小姓弥生後に獅子の精の二つをストイックに演じ分け、小一時間も華やかに舞い踊った。つづく「鰯売恋曳網」では猿源氏を熱演した。

 「鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)」【鰯売りの猿源氏(中村勘三郎)は、高位の遊女である蛍火(坂東玉三郎)を見初めて、恋焦がれています。そこで猿源氏の父である海老名なあみだぶつ(坂東彌十郎)は、猿源氏を大名に、博労の六朗左衛門(市川染五郎)を家老に仕立てて廓に向かいます。

一方、蛍火は茶屋の座敷で、怪しげな庭男(片岡亀蔵)を目に止めます。ここへ宇都宮弾正とその身を偽る猿源氏がやって来るので、茶屋の亭主(中村東蔵)は、猿源氏たちを丁寧にもてなします。やがて猿源氏は蛍火の膝の上で寝るうちに、鰯売の売り声を寝言で言ってしまい・・・】

 「伊勢の国の阿漕ヶ浦(あこぎがうら)の猿源氏が鰯かうえい」の売り声で始まるこの作品は、三島由紀夫の歌舞伎名作だと言われている。粗筋は大らかで滑稽味溢れた喜劇仕立てとなっており、その夢想的な内容はたびたび観客の笑いを誘っていた。

猿源氏が蛍火の頼みで、鯛の赤介、平目の大介、蛸の入道など「魚たちの合戦」を物語るくだりなどは、その抜きん出た素養がびんびんと心に伝わって、勘三郎丈は誠に凄味のある役者であると感じた。非のうちどころはない役者故に高踏的な雰囲気が鼻について、私は中村屋の贔屓筋ではないのだが、オールマイティーで緩急自在の演技力は、彼に及ぶ歌舞伎役者など決していないように思える。

 筋書きの続きは、「姫君だった蛍火は、十年前に高殿で聞いた猿源氏の売り声に惚れて、城を出たもの人買いに廓に売られて遊女の身の上となった。蛍火の話を聞いた猿源氏は自分の素性を明かし、蛍火は猿源氏の女房となり廓を出ていく。」という話である。

 廓で「粋様」と呼ばれる、なあみだぶつを演じた坂東彌十郎丈はキーマンとして燻し銀の演技である。幕切れは花道七三で、めでたく結ばれた勘三郎(猿源氏)と玉三郎(蛍火)の掛け合いとなる。一列目花道下で観劇する私達には至福の時、大迫力の場面となった。見上げた中村勘三郎丈の顔には汗が迸り輝いて見えた、手を伸ばせば届く坂東玉三郎丈演ずる遊女蛍火は、立ち姿と襟首が妖しいほどに艶めかしく美しい。

女房となった蛍火が、刀の鞘を天秤棒に見立てて担ぎ、床をドンと踏み鳴らし台詞を決める。「伊勢の国の阿漕ヶ浦(あこぎがうら)の猿源氏が鰯かうえい」

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